南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

環境

 

       環 境

 

天気がめまぐるしく変わるのを
気持ちの浮き沈みと合わせてみる。
わたしという生命体をおおざっぱにとらえてみれば
体と心と環境だろうか?
人は感情の起伏を責められるが天気は責任を問われない。
あなたがわたしの環境であるように
わたしはあなたの環境であると気づいている。
今日は晴れのち雨?

夏の日は輝く

五月の暦さえめくりそこねていたのに

急激な気温の上昇は夏が来たことを肌で知らせる

家にばかりいるので自分自身には変化が少ないから

ちょっとしたことが強烈な印象を与える

想像力は小さくなっていき

創造力は涸れてしまいそうだ

理屈をこねた口にお仕置きをしようと

マスクを外してはならないと命じてみる

しだいにマスクは顔の一部になり

マスクを外した顔は恥ずかしくなるだろう

再放送ばかりのテレビを見ていると

自分の方向は後ろ向きになってくる

どこかに小さな安全地帯を作る

だれにも会わないからと言って

だれもいなくてもいいわけではない

ひとはなにを思うかを考えられなくなる自分がいる

時間がたてば空腹を覚えて

モラトリアム

食事をすれば自然が呼ぶ

用もないのに歩き回れば気分は変わる

だれかを思い出すがなにもしない

いろいろな情景がばらばらに浮かんでくるが過ぎて行ってしまう

どこかで通じ合えるような気がするが錯覚だと言うひとがいた

あまり期待しない方がいいらしい

どうにもならない自分をもてましているのがふつうだと言う人がいた

そんなにわりきれるものでもないらしかった

ちっぽけな現実と大きすぎる幻想

ねじられて痛がるはずみに手が出てひとの頬を打ってしまったりする

今日も終わりだ

筋書きはないが名前はある

力はないが腹は減る

金はないがほしい物がある

欲はあるが満足はない

巨大な空想のパノラマに貧相にこびりついているカスみたいなのが自分だと言うひとがいた

そんなことを言った人なんかいなかったかもしれない

 

表情筋体操

 

    表情筋体操

 

          南原充士

 

心配しすぎては神経症になると
長い喜劇映画を見始める
映画専用チャンネルだけあって
見たい作品がいくらでもある

笑うだけ笑って鏡を見ると
表情筋がゆるんでいるのに気づく
テレビのニュースをちらっと見ると
病院に運び込まれる患者が映し出される

胃が収縮するのが感じられ
追い詰められて室内を歩き回る
食欲を失うとますます力が抜け
顔色がひどく悪くなっている

人口呼吸器が映し出される
感染者数と死者数のグラフが
右肩上がりに急増している
世界全体が汚染され逃げ場はない

入浴するしかない
全身を湯船に浸して
のぼせるほどの時間が経つ
心身をリラックスさせるのだ

心臓がおだやかになる
大腸がゆっくりとほほえみ
脳細胞は眠り込む
夢は勝手に表情筋を操作する

泣いているのか笑っているのか
寝ているのか起きているのか
顔を見なければわからない
表情がなければわからない

防ぎようのない感染力だ
治療法はまだない
生きているのか死んでいるのか
表情筋はこわばっているか

今世紀最大の危機だというから
テレビをずっと見ていたら
手に負えない疫病の流行だと
医師がステイホームを訴える

だれもが動揺しているから
フェーク情報が溢れ出す
体操のインストラクターが
筋肉のストレッチの仕方を実演する

 

自分の場所

危機にありて 知恵者は語る 愚者もまた

わたしも語る 自閉を超えて

 

ここにこそ わたしはいるが 叫ばない

空の彼方へ 愁いを飛ばす

 

あなたとは 違う場所へと 煩いを

隠して今日も メールを送る

 

シェークスピア ソネット 88

ソネット 88

 

    W.シェークスピア

 

あなたがわたしを軽んじ
わたしの価値を蔑むようになる時が来ても
わたしはあなたの側に立ってわたし自身を責め
あなたが裏切ったとしてもあなたが有徳の士であることを証明するだろう、
わたしは自分の至らなさをわきまえているので
隠された過ちについてはわたしに責任があるということを
あなたの立場に立って述べることができるだろう
それによってあなたはわたしを失うがそれにまさる栄誉をかち得るだろう、
そしてこれによりわたしもまた勝者となるだろう
わたしはあなたを心から愛するのであり
わたしが自分自身を傷つけたとしても
それはあなたを有利な立場に置くだけでなくわたしにも有利に働くのだ、
わたしはそんなにもあなたを愛しているので
あなたは常に正しく悪いのはすべてわたしなのだ。

 


Sonnet LXXXVIII

 

      W. Shakespeare

 

When thou shalt be disposed to set me light,
And place my merit in the eye of scorn,
Upon thy side, against myself I'll fight,
And prove thee virtuous, though thou art forsworn.
With mine own weakness being best acquainted,
Upon thy part I can set down a story
Of faults concealed, wherein I am attainted;
That thou in losing me shalt win much glory:
And I by this will be a gainer too;
For bending all my loving thoughts on thee,
The injuries that to myself I do,
Doing thee vantage, double-vantage me.
Such is my love, to thee I so belong,
That for thy right, myself will bear all wrong.

 

詩誌「repure30号」

詩誌「repure30号」が水仁舎(北見俊一氏)から刊行されました。

 

わたしは、詩「空虚」で参加しています。

参加者の詩篇とともに北見氏によるおしゃれな本作りも合わせてお楽しみください。

 

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「repure30号」表紙

 

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「repure30号」目次

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詩「空虚」