南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

詩集つれづれ(2020年6月)

     『 詩集つれづれ=問わず語り 』

 

                   2020年6月27日
                                          
1.南原充士詩集=わが既刊詩集12冊を振り返って

 これまでの詩集についてどんな思いで刊行したのか振り返ってみたい。
 まず、詩集「思い出せない日の翌日」は、自分としてはきわめて「私的」な位置から「私的」な思いを込めて書いた詩を集めたものだと思っている。 
 いくつかのスタイルの詩を同時並行して書いてきた自分としては、フィクション性の強い詩集「ゴシップ・フェンス」から、私的な感覚を基礎とした詩集「インサイド・アウト」までの広がりを自分なりに書き分けることで、自分の詩への思いや表現法を見出してきたのだと思っている。
 詩集「にげかすもきど」は、言葉遊びの詩を集めたもので、ユーモアやナンセンスは詩の重要な要素だと同時に、なにより楽しめるのがいいと思って出したものだ。
 英和対照詩集「永遠の散歩者」(A Permanent Stroller)は、多様なスタイルの短めの詩を集めたものだが、英語と日本語とワンセットで出したところに新鮮さがあると思っている。
 詩集「タイムマシン幻想」は、医学のほか物理学や文学の古今の偉人をとりあげ、現在過去未来を行き来する感覚で書いたショートショート風の作品集である。
 詩集「花開くGENE」は、遺伝子に運命づけられる人間の祈りをテーマに、言葉遊び、抒情詩、叙事詩という三部構成でまとめたものである。
 詩集「笑顔の法則」は、横書きの詩集で、記号を多用し、実験的な作風の詩を集めたものである。「わたしは笑いながら死んでいけます」と言った少女の言葉がきっかけとなって書き始めた詩集である。
 詩集「個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか」は、40歳ごろから10年ほど詩作を中断していた折に、出版社からの誘いがあって、30代後半にノートに書きつけていた詩を中心として詩集を出した。これをきっかけに詩作を再開した自分として思い出深い詩集である。 
ついでに、過去の詩集を振り返ると、私家版として出した詩集『散歩道』、詩集『レクイエム』、詩集『エスの海』がある。
 詩集『散歩道』は、自分にとって初めての詩集で、昭和51(1976)年、27歳の時に出した抒情詩集である。
 詩集『レクイエム』は、抒情詩を中心としながらも生きる不安を表現する詩も含めた。
 詩集『エスの海』は、レトリックにこだわったやや長めの詩を10篇だけ収録した詩集である。
 以上の3詩集は、発行部数も100部と少なかったので、多くの読者に届けることができなかった。
 特に、『エスの海』は、数十部しか読者に届けていない。
 『エスの海』は、昭和58(1983)年発行の詩集だが、平成13(2001)年発行の詩集『個体から類へ涙液をにじませるfocusのずらし方・ほか』までは、18年間の時間差がある。
 そのうちの10年間は、詩作からも詩を読むことからも遠ざかってしまったのだった。

2.詩集刊行にまつわるエピソード=詩集「笑顔の法則」から

 詩集を出すことを前提に意識的に詩を書きだしたのは、詩集「笑顔の法則」からだ。
 バッハの無伴奏チェロ組曲に聴き惚れていた頃、自分も組曲のような詩集を出したいと思って、詩篇の数やテーマやスタイルを最初から決めて書いたものだ。
 この詩集は、パソコンやケイタイメールのような横書きのスタイルを取り、各種の記号を多用した実験的な詩集だったので、思潮社に出版をお願いしたところ、すこし検討させて欲しいと言われて焦ったが、結局引き受けてくれて、出版にこぎつけることができたのだった。
 日本文学の伝統的な縦書きのスタイルからすれば、横書きで記号を多く使った詩集は新奇なものと映ったと思われるが、自分としては、時代が変われば表現のスタイルが変化するのは自然なことだと考えて、特別反抗的な意図はなしに、そのような詩集を刊行したのだった。
 その後、横書きの詩集は刊行していないが、そのときどきの自分の感覚に従ってスタイルを選択しているだけで、基本的には、詩集のスタイルは著者が自由に考えればよいのではないかと思っている。
  詩集「笑顔の法則」は、平成17(2005)年発行だから、15年前ということになる。
   
  この15年というのは、この詩集をきっかけとして、自分の書きたいことを書きたいように書くということに徹してきた。詩を書くことはとても難しいことだと思うが、苦しみ半分、楽しみ半分で書いている。求道者のようにまじめくさった姿勢は苦手なのである。
 詩集「笑顔の法則」の表紙は、思潮社編集部で作っていただいたが、ポップな感じが詩の雰囲気とマッチしているのが気に入っている。
 ちょっと風変わりな詩集を好む読者には喜んでもらえると思っている。

3.洪水企画とのかかわり、詩集「花開くGENE」の刊行について

これまで私家版を含めて12冊の詩集を出してきたが、そのうち6冊は洪水企画から出している。
 自分が詩集を出し続けてこれたのも、洪水企画の池田康氏のおかげだと感謝している。
 池田氏とはじめて会った時、彼はとある出版社で詩歌関係の編集の仕事をしていたが、独立して出版社を始めることを考えていたようだった。
 その後、池田氏は予定通り独立して、詩と音楽の雑誌「洪水」を創刊するとともに、詩歌と音楽関係の書籍の出版をてがけるようになった。
 わたしが詩集を出したいと考えていると話すと、自分が作ってもいいと言ってくれたので、詩集「花開くGENE」の制作を依頼した。
 洪水企画から出版する書籍第一号ということで、池田氏も相当力が入っていたのだと思うが、詩集の原稿を送ると、作品の並べ方や、一篇一篇の詩篇ごとへの評価や修正意見、さらには作品の取捨選択についてまで、詳細に検討の上指摘をしてくれた。わたしも真剣に彼の意見に耳を傾け、受け入れられる限りはその意見に従って、最初の原稿を大幅に変更したのだった。あわせて、彼の意見にしたがって、詩集のタイトルも変更した。
 そうしてやっと出版にこぎつけた詩集「花開くGENE」は、装幀も詩篇も含めて大いに満足できる仕上がりだった。
 池田氏は、文学だけでなく、音楽、美術などの芸術一般に通じている上、大学院では哲学を専攻するなど、幅広い教養の持ち主である。英語やドイツ語など語学にも通じていて、外国の芸術にも造詣が深い。
 その上本造りのセンスも抜群で、編集から出版までの情熱あふれる仕事ぶりは敬服に値する。
 そのような経験を踏まえて、さらに5冊の詩集作りを池田氏にお願いすることになったのだった。

4. 詩集「タイムマシン幻想」について
 
洪水企画から出した二番目の詩集が「タイムマシン幻想」である。
 自分が健康を損なって入院手術を経験したことで、人間の体というものをきちんと勉強しておく必要があると思うようになり、医学の入門書を読みあさったり、テレビの健康番組を見たり、新聞やインターネットなどで医学や健康に係わる情報を仕入れていたときに、ヒポクラテスという偉大な医師がいたことを知った。「ヒポクラテスの肖像」という詩はそのようにしてできた。
 野口英世緒方洪庵杉田玄白、ジェンナー、バンティングなどの医師のことを調べているうちに、タイムマシンに乗って時間を移動するという設定が詩としてもおもしろいのではないかと感じて、詩集のタイトルを「タイムマシン幻想」と名づけたのだった。
 作品の中には、ツタンカーメン紫式部モーツァルトなどにも登場してもらったりして、作者としても意図せずしてふしぎな経験ができたと思っている。歴史上有名な人物を登場させた作品だけでなく、SF的なストーリー性を持った作品も収めている。フィクション性の強いショートショート風の趣を呈する作品集とも言える詩集である。ユニークな発想の物語を好む読者になら十分楽しんでいただけると思います。

5. 詩集「インサイド・アウト」について

詩集「インサイド・アウト」は、肉親の死がきっかけとなって生まれた。詩集のはじめの数篇は故人への思いを述べている。詩篇は、日常の何気ない情景の中に感じられる喪失感をさまざまに描いたあと、しだいに生きる喜びを見出す心境へと行き着く。
 帯には、「等身大の抒情詩篇」とあるが、厳密にはフィクションも混じっている。そういう意味では、詩集「思い出せない日の翌日」のほうがより私的な思いに徹した内容になっていると思う。
 詩集「インサイド・アウト」の装幀は、赤や黒や銀色など、インパクトの強い色使いがなされている。
 洪水企画から刊行した6冊の詩集のうち詩集 「にげかすもきど」を除いては巖谷純介氏が装幀を担当してくれている。詩集の内容にあわせた大胆なデザインの装幀はそれぞれの詩集を個性あふれるものにしていると思う。
 読者諸兄におかれては、詩集に収められた詩篇と同時に装幀も楽しんで頂きたいと思う。

6. 詩集「ゴシップ・フェンス」について

詩集「ゴシップ・フェンス」は、虚構性や暗喩や観念性にこだわった詩篇を集めたものである。
 自分にとって洪水企画から出した4冊目の詩集である。
 ゴシップ・フェンスというタイトルは、愛読していたアメリカのマンガ「Snuffy Smith」に登場する、アメリカ南部の牧場のフェンスで、隣り合った牧場の奥さん同士がしょっちゅうそのフェンスにもたれてよもやま話をするということから、「ゴシップ・フェンス」と名付けられていたのを、借用したものである。日本でなら、さしずめ、井戸端会議といったところだろうか。ご興味のある方は、”snuffy smith comic”で検索すればすぐに画像をご覧いただけると思います。博打好きの亭主が主人公で、南部なまりの英語がめずらしくもあります。
 詩集は、物語風の作品からはじまって、次第に奇妙な感覚にとらわれる種々の作品へと移っていく。
詩がしだいに書き手から離れて詩の女神の言うとおりに書かされて自立していくという珍しい経験をしたものである。それを自分では「絶対芸術」という言葉で形容した。
 そういう意味では、この詩集は、わたしの詩集の中ではもっともとっつきにくいものだろう。洪水企画の池田康氏も、編集段階で、「こんなにわかりにくい詩集でいいんだろうか?」というような反応を示したのを記憶している。わたしは、詩集「花開くGENE」での経験から、それ以後の詩集では、徹底的に自分の作品を吟味してこれ以外ではありえないという結論を得るまでは原稿を送らないと決意していたので、貴重なアドバイスには感謝しつつも、大きな変更は受け入れなかった。
 詩集「ゴシップ・フェンス」は一見難解に見えるかもしれない。だが、少し辛抱して読み進めてもらえれば、人間の生きることの奇妙な面白さがわかっていただけると信じている。
7. 詩集「にげかすもきど」について
詩集「にげかすもきど」は、言葉遊びの詩を集めた詩集である。
「にげかすもきど」は、日月火水目金土の「にち・げつ・か・すい・もく・きん・ど」の頭を取ってつけたものである。私の場合、言葉遊びの詩と言うのは意識して書けるものではなく、ひらめきが訪れてはじめて書けるものだと思う。そういう意味で、言葉遊びの詩というのは、書くのが難しく、神経を使って書く必要がある。お笑いと言うのは、人が笑ってなんぼのものだと思うが、笑わせるのは並大抵の技ではできない。
 自分にとって、もっとも尊敬する詩人は、谷川俊太郎さんである。ひらめきと言葉遣いの巧みさは天才的なものがある。いろいろなスタイルの詩を書かれているが、とりわけ言葉遊びにかけては、谷川さんに勝る詩人はいないと思う。
 そこで、詩集「にげかすもきど」を刊行するにあたって、思い切って、谷川さんに手紙を送って、帯文をお願いした。断られるかもしれないと思っていたら、谷川さんから、あっさりと帯文が送られてきて、自由に使ってよいと言ってくださった。有名な詩人だが、実に謙虚で親切なのにいたく感激して、ますますファンになってしまった。
 詩集「にげかすもきど」が刊行されてから、すぐに谷川さんにお礼をそえて詩集をお送りしたら、丁重な手紙にそえて、一冊の御著書をお送りくださった。 
 その後、洪水企画の池田さんは、雑誌「洪水」の企画で、谷川さんに仕事をお願いする機会があって、拙詩集について谷川さんに感想を求めたら、「よくできてるんじゃない」と答えてくれたと伝え聞いた。
 なお、詩集「にげかすもきど」の装幀については、知り合いの有望な若手グラフィックデザイナーの川田武志氏にお願いした。小さなおもちゃのようなキャラクターがたくさん並んで楽しげな絵柄は、詩集の内容とぴったりマッチしてとてもよい仕上がりだったと感謝している。
 編集の池田さんも、いつもと勝手がちがって苦労されたようだが、持ち前の頑張りで一味違った詩集を完成させてくれた。
 詩集「にげかすもきど」は、一見変な詩集だが、先入観なしに読んでくだされば、心から笑っていただけるものと信じています。

8. 詩集「永遠の散歩者 A Permanent Stroller」について

詩集「永遠の散歩者 A Permanent Stroller」は、日本語と英語が見開きの対照関係になっている詩集である。対訳と言うのが普通の言い方だと思うが、書いた本人の感覚からすると、一つの詩が英語と日本語とで融通無碍な感じで生まれてきたので、「対照」という言い方をした。
 
 大部分の詩は日本語が先にできたが、いくつかは英語が先にできた。
 英語にするということで短めの作品が多くなっているが、いろいろなスタイルの詩が一冊に収められているという意味では、最近のわたしには珍しい詩集である。
 
 英語は、若いころから親しんできたのでそれなりに理解力はあると思うが、外国人に通用するような英語になっているかと言えば、絶対的な自信はあるはずもなかったので、池田康編集人のすすめにしたがって、英文学者で歌人の大田美和さんに英語の監修をお願いした。真っ赤に手の入った原稿を見て驚いたが、真摯なやり取りの中で、両者納得づくで最終形がまとまったのだった。
 洪水企画の「詩人の遠征」シリーズのNo.5という位置づけで出版されたが、詩人本人が日本語と英語を同時に対照形式で詩集を編んだ例は我が国にはあまりないと思うので、国際化を目指す日本にとって文学面から一石を投じる意義はあると思っている。
 英語の詩が並んでいるということで、アレルギー反応を示す方もいないではないが、日本語だけを読んでいただいても結構なので、どうかあまり毛嫌いなさらずにお手に取っていただければ幸いである。

9. 詩集「思い出せない日の翌日」について

 自分としては、さまざまなスタイルの詩集を洪水企画より刊行したので、一区切りという趣旨もあって、洪水企画の仕事ぶりは大いに評価しつつも、その次の詩集はほかの出版社に依頼しようと思っていたら、ふと身近に水仁舎の北見俊一氏という絶好の人物がいることに気付いた。
 「09の会」という詩の合評会で1,2か月に一度は顔を合わせる仲であるし、年二回発行の詩誌「repure(ルピュール)」の編集発行者でもあるということで、頼みやすいということもあり、また、詩誌「repure」の造本技術には感動していたので、話をしたところ、快諾してくれたのだった。
 詩集「思い出せない日の翌日」に収めた詩篇は、すでに出版した他の詩集が比較的実験的な要素を持つとしたら、こちらはごく地味な日常の情景や思いを日記に近い感覚で書いたものだった。もちろん日記はそのままでは詩にはならないので、詩集にするに当たってはそれなりの工夫はしたつもりだったが、それでも自分のかなり本音に近い思いが漏れてしまったというような感じの詩集だった。
 詩集「思い出せない日の翌日」は、水仁舎の方針もあり、ISBN番号もとらず、Amazonなどの取り扱いもないということで、宣伝は自分次第という感じなので、わがブログで、このような「詩集つれづれ=問わず語り」というような文章を書いてみようかと思った次第である。
 今のところ、装幀の評判がとてもよいのだが、ついでに詩篇のほうもよい評判が得られたらうれしいと思っている。
 この詩集あるいはほかの詩集に少しでもご興味をお持ちの方がいらっしゃったら、お気軽に、わたし(南原充士)あてにお問い合わせください。
 よろしくお願いします。