南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

シェークスピア ソネット 144

 

ソネット 144

 

                                         W. シェークスピア

 

慰めと絶望、わたしのふたりの恋人は

二つの精霊のようにいつもわたしを誘惑するのです

善良な天使はこの上なく美しい男性であり

邪悪な精霊は厚化粧した女性です、

わたしをすぐにでも地獄へと突き落そうとして わたしの女性の悪魔は

わたしの善良な天使をわたしのベッドから誘い出そうとし

その淫らな驕慢さでわたしの清らかな聖者を陥れて

悪魔にしようとするのです、

それでもわたしの天使が悪魔になるかどうかは定かではないので

それをはっきりと告げることは差し控えます

とはいえ二人はわたしから離れて互いに親しくなるでしょう

片方の天使はもう一方の天使の地獄に誘い込まれるのだと思います、

でもわたしはそのことを知る由もないので 疑いつつ生きていくでしょう

わたしの邪悪な天使がわたしの善良な天使を追い出すまでは。

 

 

Sonnet CXLIV

 

      W. Shakespeare

 

Two loves I have of comfort and despair,

Which like two spirits do suggest me still:

The better angel is a man right fair,

The worser spirit a woman coloured ill.

To win me soon to hell, my female evil,

Tempteth my better angel from my side,

And would corrupt my saint to be a devil,

Wooing his purity with her foul pride.

And whether that my angel be turned fiend,

Suspect I may, yet not directly tell;

But being both from me, both to each friend,

I guess one angel in another's hell:

   Yet this shall I ne'er know, but live in doubt,

   Till my bad angel fire my good one out.

『オミクロンの秋』

 

『オミクロンの秋』(2022年9月)

 

 

わりなくも 口喧嘩する 秋の精

 

信じれば 裏切られても 秋まかせ

 

掌を 返したのちは 秋に聞け

 

台風の 余波に濡れつつ どこへ行く

 

敬老を 忘るるほどに 何をする

 

放浪を 心に秘めて 秋と和す

 

ずっとずっと あるもののよう あきさみよう

 

秋心 嫌いになるも やむなしと

 

飽きるのも 嫌うのもある 秋の味

 

秋を生み 時空の果てへ 飛ぶ軌跡

 

装いて ようやく生きる 老いの秋

 

あるがまま 醜く思う ヒトの秋

 

飽きっぽい 人の心は 秋好み

 

不審火の 付いた心で 燃える秋

 

そっぽむく 瞑想癖に 秋日指す

 

孤影行く 名残の炎暑 背に受けて

 

秋の空 進まぬ気持ち 拡散す

 

節穴の 猫の眼光る 秋の縁

 

相性の 合わぬ犬とは 秋の風

 

求めない と言った先達 思う秋

 

ものあわれ ひとはきまぐれ 秋の空

 

知らぬ間に 心の底に 沈む秋

 

気がつけば 深い底より 浮かぶ秋

 

接しても 隙間は消えぬ 秋の肌

 

遅れずに ついていけるか 月の相

 

現代の バエル満月 みなスマホ

 

映える月 億万画素の 連写音

 

名月は 時代のピント 合わせ得ず

 

現代の 月見の仕方 考える

 

名月と 言ったとたんに 時が飛ぶ

 

この月を 見上げる気持ち 激写する

 

諦めを 煌めきにして 秋来たる

 

あきらめを きらめきにして あききたる

 

名月に 季節遅れを 修正す

 

名月を ひっくり返す 鉄板屋

 

名月を ひっくり返す カレンダー

 

虫の音の 合唱を聴く 草の影

 

夕日には 大きすぎるか 赤い月

 

下戸なりに 盃一杯 新酒汲む

 

腹いっぱい 光る新米 食べつくす

 

胸いっぱい 秋の空気を 吸って吐く

 

あきらめを きらめきにする 秋来たる

 

ささやかな さいわい来たる 秋の谷

 

つまずけば まじないひとつ 秋地蔵

 

種なしと 思えば嚙んで ゲン直し

 

相対の 陥穽に落つ 白い秋

 

ひまわりの 蜂蜜舐める パンの耳

 

今日からは さわやかになる 秋の風

 

はじめての ふるえをいくつ わが九月

 

故郷の 無花果の木は もう折れた

 

寝転べる 草生求めて 秋の空

 

百面相 秋の湖面に 跳ね返る

 

今日もまた 大谷選手 秋天使

 

悲鳴より 秋風に似た 話し声

 

秋風に ならいて忍ぶ 叫び声

 

秋らしい 自分着ている サイズ感

 

秋と知る 古人の耳を そばだてて

 

秋の日の 果て無き地平 忍び泣く

 

秋風は 忘れたころに 吹いてくる

 

この道は どこに続くか 秋を発ち

 

凡作も 傑作もある 本の秋

 

節穴も 炯眼もあり 読書灯

 

よき著者も よき読者なく 秋寂し

 

卑小なる 粒子に潜む 収穫期

 

災害の 映像見つつ 知るを知る

 

迷い鳥 翼は秋の 歌の中

 

こまでも ひとりで来たが もう九月

 

大震災 後藤新平 奮闘す

 

九月かと 思えば見える 風の音

 

妄執も ぽきっと折れそな 秋来たる

 

暦剥く 八月光 九月闇

 

野間明子詩集『襤褸』

野間明子詩集『襤褸』。現実と空想、自問自答、生死等アンビバレントな感覚、突き詰める意識、高度な表現技巧から生まれる詩篇は、ある種メタフィジカルな世界に入り込む。例えば、「深紅や純白の花も覚めれば襤褸、明日花になるわたし」の色彩や音色や身体感覚は怪しいまでに美しい(「PASSION」)。

八重洋一郎詩集『転変・全方位クライシス』

八重洋一郎詩集『転変・全方位クライシス』。広範な知識と経験と膨大な語彙を駆使して今世界が置かれた危機的状況を強烈なインパクトを持った詩篇として描き出し警鐘を鳴らし告発している。沖縄の現状、琉球の歴史、ムンクカフカデカルトジョイス狂牛病等鮮烈な全方位クライシスに圧倒される。

シェークスピア ソネット 143

 

ソネット 143

 

             W. シェークスピア

 

ほら、家事にいそしむ主婦は

逃げ出した家禽類を捕まえようと走り出します

赤ん坊を床に置き、捕まえたいと思う家禽類を追いかけて

全速力で走ります、

放置された子供は 彼女の後を追いかけ

泣きながら彼女を捕まえようとします

自分の顔の前を飛ぶものを追いかけることに気を取られて

あわれな幼児の不平不満に気づかない彼女を、

そのようにあなたもまたあなたから逃げ出す男を追いかけて走るのです

そしてあなたの赤ん坊であるわたしは遠くからあなたを追いかけるのです

それでもあなたは目当ての男を手に入れればわたしの下に戻って来るでしょう

そして母親らしくわたしにキスをしたり優しくしてくれるでしょう、

あなたが戻ってきてわたしが大声で泣くのをなだめてくれるのなら

わたしもあなたが「望みの男」を手に入れることができるように祈りましょう。

 

 

Sonnet CXLIII

 

        W. Shakespeare

 

Lo, as a careful housewife runs to catch

One of her feathered creatures broke away,

Sets down her babe, and makes all swift dispatch

In pursuit of the thing she would have stay;

Whilst her neglected child holds her in chase,

Cries to catch her whose busy care is bent

To follow that which flies before her face,

Not prizing her poor infant's discontent;

So runn'st thou after that which flies from thee,

Whilst I thy babe chase thee afar behind;

But if thou catch thy hope, turn back to me,

And play the mother's part, kiss me, be kind;

   So will I pray that thou mayst have thy 'Will,'

   If thou turn back and my loud crying still.

清水鱗造詩集『ころころころ』ほか

 

清水鱗造幻想小説『トラセミ・バッジ』。最近相次いで出版している幻想小説の一篇。溢れ出るイメージ、新造語、物語、登場人物、架空の世界。トラセミの「虫嵐」が来ている中をぼくが低速走行のバスで小旅行に出かけて、そこで出会ったひとびとや訪れた場所や起きた出来事を書いていく。抜群の面白さ。
 
清水鱗造詩集『ころころころころ』。「微細ニュース」「液汁」「蒸気機関車」「亀イン」の4部から成る詩集。中には幻想小説と言ってもよい作品もある。驚くべき想像力が生み出す多彩なイメージ、新造語、言葉遊び、昆虫や魚や草など。「からくり」と「ユーモア」に満ちた清水ワールド全開である。