南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

詩「鏡面」

 

   鏡 面

 

      南原充士

 

鏡面を磨く。

磨けば磨くほど

鮮明に像は映る。

 

自分の心が

映ることはないが

外界のようすを

鮮明に見ることができる。

愛する者の表情もくっきりと映る。

 

それ以上望むことはないと思うが

内面を見ることができないことに

次第に耐えられなくなってきて

ついに鏡面を砕く。

一表現人として

 

    一表現人として
 
同じ物事も人によって違って見える。
正邪。好悪。愛憎。快不快。立場。育ち。環境。敵味方。
自分の見方が絶対ではありえない。
相対性のくびきの中で いかに正義に近づけるか
知恵と忍耐と努力が求められる。
ただ批判し続けるだけでは 解決は望めない。
目の前にある難局に
どう立ち向かうか?
自分はちっぽけな一表現人に過ぎないが、
自分なりのものの見方を追求し、
     安易に付和雷同せず、
自分なりの価値観を見出し、     
         構築し、      
         磨き上げ、
自分なりの仕方で表現する。
他人の声にも耳を傾け、
柔軟な発想を尊重するが、
最終的には自分の考え方を大切にする。

詩「やり直し」

    やり直し

 

         南原充士

  

秋晴れの空を見上げていると

くよくよしていた自分をしばし忘れる

 

まぶしい光がわたしの表面を暖め

やがて内部へと沁みとおる

 

鉄塔がいくつも並んでいるのを辿ると

街のかたちが浮かんでくる

 

いつか踏んだ踏み石はどのように

今日の足元につながっているのだろうか?

 

捨ててきたものと失ってきたものが相殺されて

今からでもやり直しはきくのだろうか?

 

ルイーズ・グリュック「夏の公園」(試訳)

 

       夏の公園(試訳)

 

 

                  ルイーズ・グリュック

 

 

何週間か前にわたしは母の写真を発見した

母は日射しを浴びながら座っていて、その顔はなにかを成し遂げたかあるいは勝ち得たかのように紅潮していた。

太陽が照っていた。犬たちが

母の足元で眠っていた、そこでは時間もまたおだやかにじっと動かずに眠っていた、あらゆる写真がそうであるように。

 

わたしは母の顔から埃を拭き取った。

本当に埃はすべてを覆っていた、それは幼少期のあらゆる思い出を保護する

ノスタルジアという頑固な霞のようにわたしには思えた。

背景には公園の一連の設備や木々や灌木が写っていた。

 

太陽が空を低く降りてきた、影が長く伸びて濃くなった。

わたしがより多くの埃を拭えば拭うほど、その影は大きくなった。

夏が来たのだった。子供たちは

バラの花壇の上に身をかがめた、彼らの影は

バラの影と重なり合った。

 

ある言葉が思い浮かんだ、この推移と変化を

言い表す言葉が、その消去は今では明らかなのだったが――

 

それは現れて、同様に素早く消え失せた。

それは盲目だったのかあるいは暗黒、危険、混乱だったのか?

 

夏が来たのだった、それから秋が。木々は紅葉し、

子供たちの明るい遊び場はブロンズとシエンナが混ざった色をしていた。

 

 

わたしがこうした出来事から幾分か回復したとき、

古いペーパーバックのページの間から発見したその写真を

入れ替えた、

多くのページの余白に注釈がつけられていた、

時折言葉で、より頻繁に

「賛成」あるいは「うーん、どうかな――」を意味する

威勢のいいクエスチョンマークやエクスクラメーションマークで。

 

インクは色褪せていた。そこここで読者がどんなことを考えたのかは

判別できなかったが

痣のような染みを通してわたしは切迫した状況を感じとることができた

あたかも涙が零れ落ちたかのように。

 

わたしはしばらくその本を手に取っていた。

それはヴェニスに死す(翻訳本)だった。

わたしは念のためそのページを書き留めておいた、あたかもフロイト

信じたように、何物も偶然の事故ではないと。

 

このようにしてその小さな写真は

再び埋もれてしまった、あたかも過去が未来に埋もれるように。

その余白には矢印で結びつけられた二つの言葉があった、

「不毛」と、ページの下の方に「忘却」とが。

 

「そしてあそこにいる青白く愛らしい召喚人が彼に微笑みかけ合図をした…

ように彼には思えた」

 

 

公園はなんて静かなのだろう、

セイヨウサンシュユの実を揺らす風もなかった。

夏が来た。

 

なんて静かなのだろう

生命が勝ち誇っているから。シカモアの

ごつごつした柱が葉群れの

固定された棚を支えている、

 

下の芝生は

青々として、玉虫色に輝いている――

 

そして中空には

ぶしつけな神。

 

色々な物がある、と彼は言う。それらはあり続けて、変わることがない、

応答も変わることはない。

 

なんて静まり返っているのだろう、ステージは

観客もまた、息をすることさえ妨害になるように思える。

 

彼はとても近くにいるに違いない、

草には影が差していない。

 

なんて静かなのだろう、なんという沈黙だろう、

ポンペイの午後のように。

 

 

ベアトリスは子供たちをシーダ―ハーストの公園に連れて行った。

太陽が照っていた。飛行機が

頭上をあっちこっちへと過ぎていった、平和に、なぜなら戦争が終わっていたから。

 

それは彼女の想像の世界だった。

真偽は重要ではなかった。

 

新たに磨かれて輝いている――

それが世界だった。埃は

まだ事物の表面に降り積もってはいなかった。

 

飛行機はあっちこっちへと過ぎていった、

ローマやパリへと向かって――この公園の上を飛ばなければ

そこへ到着することはできない。すべては

通過しなければならない、何物も止まることはできない――

 

子供たちは手をつないで、身をかがめた

バラの匂いを嗅ぐために。

彼らは5歳と7歳だった。

 

無限、無限――それは

彼女の時間の感じ方だった。

 

彼女はベンチに座っていた、幾分かオークの木々に隠されながら。

遠くでは、恐怖が訪れたり去っていったりした。

鉄道駅からはそれが作り出した音が聞こえてきた。

 

空はピンクとオレンジ色で、一日が終わるので少し齢を取っていた。

 

風は吹いていなかった。夏の日が

青々とした草の上にオークの木の形の影を投げかけていた。

 

 

 

A Summer Garden

 

                    Louise Gluck

 

Several weeks ago I discovered a photograph of my mother

sitting in the sun, her face flushed as with achievement or triumph.

The sun was shining. The dogs

were sleeping at her feet where time was also sleeping,

calm and unmoving as in all photographs.

 

I wiped the dust from my mother's face.

Indeed, dust covered everything; it seemed to me the persistent

haze of nostalgia that protects all relics of childhood.

In the background, an assortment of park furniture, trees and shrubbery.

 

The sun moved lower in the sky, the shadows lengthened and darkened.

The more dust I removed, the more these shadows grew.

Summer arrived. The children

leaned over the rose border, their shadows

merging with the shadows of the roses.

 

A word came into my head, referring

to this shifting and changing, these erasures

that were now obvious—

 

it appeared, and as quickly vanished.

Was it blindness or darkness, peril, confusion?

 

Summer arrived, then autumn. The leaves turning,

the children bright spots in a mash of bronze and sienna.

 

 

2

 

When I had recovered somewhat from these events,

I replaced the photograph as I had found it

between the pages of an ancient paperback,

many parts of which had been

annotated in the margins, sometimes in words but more often

in spirited questions and exclamations

meaning "I agree" or "I'm unsure, puzzled—"

 

The ink was faded. Here and there I couldn't tell

what thoughts occurred to the reader

but through the bruise-like blotches I could sense

urgency, as though tears had fallen.

 

I held the book awhile.

It was Death in Venice (in translation):

I had noted the page in case, as Freud believed,

nothing is an accident.

 

Thus the little photograph

was buried again, as the past is buried in the future.

In the margin there were two words,

linked by an arrow: "sterility" and, down the page, "oblivion"—

 

"And it seemed to him the pale and lovely

summoner out there smiled at him and beckoned..."

 

 

3

 

How quiet the garden is;

no breeze ruffles the Cornelian cherry.

Summer has come.

 

How quiet it is

now that life has triumphed. The rough

 

pillars of the sycamores

support the immobile

shelves of the foliage,

 

the lawn beneath

lush, iridescent—

 

And in the middle of the sky,

the immodest god.

 

Things are, he says. They are, they do not change;

response does not change.

 

How hushed it is, the stage

as well as the audience; it seems

breathing is an intrusion.

 

He must be very close,

the grass is shadowless.

 

How quiet it is, how silent,

like an afternoon in Pompeii.

 

 

4

 

Beatrice took the children to the park in Cedarhurst.

The sun was shining. Airplanes

passed back and forth overhead, peaceful because the war was over.

 

It was the world of her imagination:

true and false were of no importance.

 

Freshly polished and glittering—

that was the world. Dust

had not yet erupted on the surface of things.

 

The planes passed back and forth, bound

for Rome and Paris—you couldn't get there

unless you flew over the park. Everything

must pass through, nothing can stop—

 

The children held hands, leaning

to smell the roses.

They were five and seven.

 

Infinite, infinite—that

was her perception of time.

 

She sat on a bench, somewhat hidden by oak trees.

Far away, fear approached and departed;

from the train station came the sound it made.

 

The sky was pink and orange, older because the day was over.

 

There was no wind. The summer day

cast oak-shaped shadows on the green grass.

ルイーズ・グリュック「夏の公園 第4連」(試訳)

 

夏の公園(試訳)

 

                ルイーズ・グリュック

 

 

ベアトリスは子供たちをシーダ―ハーストの公園に連れて行った。

太陽が照っていた。飛行機が

頭上をあっちこっちへと過ぎていった、平和に、なぜなら戦争が終わっていたから。

 

それは彼女の想像の世界だった。

真偽は重要ではなかった。

 

新たに磨かれて輝いている――

それが世界だった。埃は

まだ事物の表面に降り積もってはいなかった。

 

飛行機はあっちこっちへと過ぎていった、

ローマやパリへと向かって――この公園の上を飛ばなければ

そこへ到着することはできない。すべては

通過しなければならない、何物も止まることはできない――

 

子供たちは手をつないで、身をかがめた

バラの匂いを嗅ぐために。

彼らは5歳と7歳だった。

 

無限、無限――それは

彼女の時間の感じ方だった。

 

彼女はベンチに座っていた、幾分かオークの木々に隠されながら。

遠くでは、恐怖が訪れたり去っていったりした。

鉄道駅からはそれが作り出した音が聞こえてきた。

 

空はピンクとオレンジ色で、一日が終わるので少し齢を取っていた。

 

風は吹いていなかった。夏の日が

青々とした草の上にオークの木の形の影を投げかけていた。

 

 

 

4

 

Beatrice took the children to the park in Cedarhurst.

The sun was shining. Airplanes

passed back and forth overhead, peaceful because the war was over.

 

It was the world of her imagination:

true and false were of no importance.

 

Freshly polished and glittering—

that was the world. Dust

had not yet erupted on the surface of things.

 

The planes passed back and forth, bound

for Rome and Paris—you couldn't get there

unless you flew over the park. Everything

must pass through, nothing can stop—

 

The children held hands, leaning

to smell the roses.

They were five and seven.

 

Infinite, infinite—that

was her perception of time.

 

She sat on a bench, somewhat hidden by oak trees.

Far away, fear approached and departed;

from the train station came the sound it made.

 

The sky was pink and orange, older because the day was over.

 

There was no wind. The summer day

cast oak-shaped shadows on the green grass.

シェークスピア ソネット 102

 

ソネット 102

 

            W. シェークスピア

 

見かけ上はわたしの愛は弱まっているように見えるかもしれませんが

実際は強まっているのです

表面的に弱まっているように見えても愛する気持ちは少しも弱まってはいないのです

商業的な愛ならば その持ち主が至る所でその極上の価値を吹聴するでしょう、

わたしたちの愛は新しいものでした そして春の間だけ

わたしは詩を書いて春にあいさつしたものでした

あたかもナイチンゲールが初夏にはさえずるのに

実りの季節が深まるにつれさえずるのをやめてしまうように、

それは ナイチンゲールの悲し気な歌声が夜を静まらせる季節よりも

この夏という季節が快適でないからではなく

雑多な鳥の鳴き声があらゆる枝を埋め尽くし

快い歌声がありふれたものになってしまえば希少な喜びも失われるからです、

それゆえに時折わたしは口をつぐむのです ナイチンゲールのように

なぜならわたしは自分の歌によってあなたを退屈させたくはないからです。

 

 

Sonnet CII

 

            W. Shakespeare

 

My love is strengthened, though more weak in seeming;

I love not less, though less the show appear;

That love is merchandized, whose rich esteeming,

The owner's tongue doth publish every where.

Our love was new, and then but in the spring,

When I was wont to greet it with my lays;

As Philomel in summer's front doth sing,

And stops his pipe in growth of riper days:

Not that the summer is less pleasant now

Than when her mournful hymns did hush the night,

But that wild music burthens every bough,

And sweets grown common lose their dear delight.

   Therefore like her, I sometime hold my tongue:

   Because I would not dull you with my song.

松尾真由美詩集『多重露光』

松尾真由美詩集『多重露光』。世界に一台しかない高性能カメラは、第一段階で現実の情景をさまざまに加工して細密な映像に作り上げ、第二段階でそれを光によって言葉に変換する。装飾的な様式美にこだわったポリフォニックで多彩で緻密な言葉の造形は、類例のない三つのフォルムで現れ読者を虜にする。