南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

善意と悪意(価値観の研究=その47)

 価値観の競合はいたるところに見られる。

 価値観が生き物だというとらえ方についてはすでに述べた。

 では、価値観はどのように優劣が決まるのか?あるいは強弱が?

 正当性とか論理性とか宣伝能力とか?

 価値観の競争ということを分析するとき、ひとつ注意すべきことがある。

 それは、善意と悪意ということである。

 たとえば善と悪との対立という構図なら話は単純だ。

でも、現実は複雑だ。善悪は区別困難だ。

 仮に、善意だとしても、善意同士の真摯な競争や衝突というのが現実にはよくある姿だ。

 とくに、自分こそ正義の具現者だと信じ、真剣に自分の価値観を主張し実現を図ろうとする者が多数存在し、競争状態にあるとしよう。

 そういう場合は、どの価値観を選択すべきか迷うだろう。

 また価値観が共存しうるのか、選択を迫られるのかも重要な要素だ。

 さまざまな事情の違いに応じて価値観のあり方や競争関係もかわってくる。

 ただ、善意ならいいとか、悪意だから悪いとか、単純な判断はすべきではないということには留意する必要があるだろう。