南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

南川優子の詩を読む(その5)

 南川優子のホームページ「そふと」から、「窓拭き」を引用する。

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   窓拭き

   Ⅰ

ゴンドラに乗って 十階建てビルの
窓拭きをしていると
地上から管理人が
お前はどうしてぴかぴかになるまで拭けないのか!
と どなる
会社員の目が 部屋の奥からわき出て 窓にべっとり
はりつく
力をこめて拭くと
窓ガラスがやわらかく溶け
内側の目玉ごと 拭い取ることができる
彼らの目は 興味本位で 軽薄なので
はがれやすい


最上階の部屋では
男がふたり テーブルをはさんで
賭けトランプに興じている
金のスパンコールを ドレス一面にあしらった女が
すべるようにやってきて
飲み物はいかがと 誘いかける
部屋の窓を 布でこすると
女のドレスがはがれる
背を向けている男が クラブの7を出す
こちらを向いている 口ひげの男は
これで21、俺の勝ちだ、と言うが
窓をふたたび拭うと
口ひげの男の
トランプのマークが 真っ白に消える
いつの間に管理人が 部屋まで上がってきていて
口ひげの男を
いかさま野郎!
となじる

今度は管理人の 顔のあたりを拭く
目も 口も 鼻も
金もうけのことばかり考えているので
安っぽくすぐに はがれてしまう
私は磨いた窓に
はがれた目や 口や 鼻や ドレスを
掲示板のビラのようにはりつける
このビルで肉体労働者は私だけで
いつも軽視されているから
ちょっとした仕返しなのだ

   Ⅱ

ビルの裏の 家の屋根から
毎日飛び降りる男がいる
彼は常習者だから
秋になると落ちる イチョウの葉のように
誰も気に留めない
男が飛び降りるたびに
地面はふっと消えて
男を地下に吸う
いつの間にか
あの管理人が
目も鼻も口もはがされたのに
屋根までよじ登っていて
煙突の影から
ぐにゃぐにゃのタイヤをすべらす
管理人は
会社員が容易に帰宅しないように
毎日 ビルの地下駐車場で
自動車からタイヤを外し
空気を抜いているのだ
路地に出て 見上げると
飛び降りた男は 何事もなかったかのように
ふたたび屋根の上に立っていて
今度は空に向かって
羽ばたき始める
男の影が 私を覆い
逃げなければいけない
この男だけが
管理人から自由だ

アルフレッド・ヒッチコック Spellbouond (日本題『白い恐怖』)の夢のシーンを見ながら。夢のシーンはサルバドール・ダリのデザイン。

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 この詩は、ⅠとⅡにわかれているが、ビルを舞台にしているという点ではつながっている。

 ヒッチコックやダリの映像をヒントにしたというが、漫然と見ただけではこういうビビッドな詩は書けない。

 高層ビルの窓拭きをする光景は最近では見慣れたものだ。しかし、窓拭きを詩に高めたイマジネーションは非凡である。

 ビルの中の会社員たちの顔が窓拭きによってふき取られて造作を失うって愉快なイメージだと思う。笑ってしまう。

 トランプでいかさま賭博をやっている情景もたくみに挿入されている。

 管理人にありがちな口うるさい感じがよく描かれている。

 パートⅡでは、精神に異常を来たした会社員がなんども飛び降りを試みるがなぜか地面に激突することなく地下に吸い込まれ、いつのまにか屋根の上に立ち、空に向かってはばたく。

 かれの影がわたし(窓拭き屋)を覆うのであわてて逃げる。

 彼だけが管理人から自由だ。

 高層ビルの窓拭きから見たビルの内部の会社や管理人のようすを戯画的におもしろく、かつ、辛らつな要素も付け加えて描いている。

 ヒッチコックやダリに触発されたとはいえ、現代社会に生きる人間のよくある感覚を正確にとらえて、
ポエジー十分の詩に仕立てた発想と表現力は平凡ではない。南川の面目躍如たるものがあるといえよう。