南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

歌集『悲しみの夏』

   歌集 『悲しみの夏』


      (猛暑)

猛暑なら 海へくりだし むき出しの 背中を見えぬ 光で照らす

      (フランス革命)

流血の ページの上に 取り澄ます 紳士淑女の サミットありて

戦争と 平和はもたれ 合うものか いのちも金も 嘘も真も

嘆いても 地球は周り 腹は減る いのちさらして 生きるしかなく

できるなら ギロチンもなく テロもない 戦争もない 退屈な日を

     (贋・源氏物語

あれこれの 理屈をつけて 女とは 会いたいものよ だれでも源氏

気がつけば 違う女が 臥す床へ しけこめばもう あられもなくて

隠れ家は 倒錯野獣 オスとメス 轟ハウリング びしょぬれの床

妄想の 淫らさ競い ぬか八の ホルモン力 沁み込む精気

愛液の 混じりこねくる 夏の夜 匂う秘所吸う 惑乱の口

     (めまい)

なんとなく 所在なければ 書を閉じて 街へ出かける 夏のめまいへ

熱のない バラの花びら 色のない 唇噛んで 一筋の傷

熱き血の 流れぬ胸に 手を当てて はずまぬボール 蹴り捨てし朝


   { 風紋 }


突き詰めて

       考える砂

   風紋の

        手触りぬくし

    情感の襞


     (仕切りなおし)

塩撒いて 仕切りなおしの 夏は燃え 海老そるほどに 天を仰げば

振り向かぬ 涙も見せぬ うつむかぬ 前傾姿勢で ハードルを越え

後ろ髪 引かれても行く 炎熱の 空洞ありて 奥処は見えず
    
     (悲報)

突然の 逝去の知らせ 身の内は 言葉失い 崩れ落つ膝

問いかけて 問いかけて なお 藪の中 命はかくも 過重の錘

パノラマに 遊ぶ家族の 子供らの 笑顔は消えて この死化粧

あのときの 声は響くも 今ここに 別れの言葉 交わすすべ無し

災厄も だれかのせいに したいもの 悲しすぎるよ 耐えられなくて

砂漠にも 蜃気楼かは 光ある 触れてやさしい 緑のゆらぎ

     (遡る川)

酔いどれて たどり着くまで ふわふわの 雲の海原 まぎれつつ打つ

突然の 知らせは重く 胸ふたぐ 幻の世の 夢の葉と散れ

戻せない 時間を戻る カヌーにて 遡る川 遊びいる子ら

     (歌を忘れて)

襲撃の 現場に向かう サイレンの 音のひずみに 狂乱の耳

わけもなく 人殺したい 脳幹の 面を覆う 気弱な素顔

夢もなく 希望もなくて いら立ちの 群衆もまた 歌を忘れて

     (恋にしかめやも)

とりたてて することもない みなつきの 午後は魔法の 指に屈する

白銀も 黄金も玉も なにせんに まされる宝 恋にしかめやも

執念の 極みに達す 猪母乱魔 引きずる老躯 屹立の壁

     (熱気球)

どこまでも 気になる世間 見下ろして ジグザグ進む あの熱気球

相性は どこから来るの 見ただけじゃ わからぬ脳内 微細な分子

流れ行く 水より逸れて 戸惑いの ひとのかたちに 影はゆらめく

     (逆鱗)

喉もとの 貧しい逆鱗 触れられて にゃろめと叫び 尻尾を立てる

     (追いかける性)

わけもなく 走り出しては 息きれて 想像力は 裸の走者

追いかけて 追いかけられて 日も暮れて 帰り行く背に 戻り来る影