南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

歴史的な観点から見たアメリカの金融危機の評価(価Ⅱ=37)

【 価値観の研究第二部 歴史的な観点から見たアメリカの金融危機(価Ⅱ=37)】

 今回のアメリカの金融危機についての各国政府の対応や国際的な対応については、別途記したところであるが(なんでも評論のカテゴリー参照)、これまでの経緯を、「価値観の研究」という観点から見てみよう。

1.金融危機の発生の認識

 これはマスコミ報道でかなり正確な情報が伝達されたといえよう。

2.対策
    
 民間における救済策も取られたが、これだけの危機は政府が登場しなければ解決しえない。

 したがって、アメリカも金融安定化法を制定したし、国際的にも協調して対策を講じている。G7の行動計画も採択された。今後は、それを着実に実施することが必要だ。

3.今後の見通し
 
 まだ、対策が出たばかりなので、今後の見通しは不透明だが、公的資金の投入、不良債権の買取、資金供給、金利引き下げ、、預金保護、株価対策、経済構造対策、雇用対策、失業対策、医療福祉対策(セイフティネット)など事態の推移を見ながら、適時適切に対策を講じる必要がある。それによって、最悪の事態に陥ることはなく、次第に金融市場が安定し、企業の活動も安定化し、経済が安定をとりもどすことが期待される。

4.評価
 
 こうした対策の決定は、各国政府や国際機関・国際会議という権限ある者によって下される。つまり、その意味では、適法であり、結果が悪くても法的な責任は負わなくてよい。

 政府と大統領や総理大臣といった国家元首との関係はどう考えたらよいか。

 たとえば、アメリカのブッシュ大統領は、最終的な決定権者であるから、その地位における行為については権限もあり責任もある。しかし、決定手続きが適法であれば、とりあえず法的責任は問われない。

 しかし、政治的責任は別である。
 
 合法的に決定し実施した政策でも、結果が悪ければ批判されるのが政治である。
 その意味で、世論やマスコミの影響力は大きいといえる。
 また、選挙権の重要性もそこにある。

 人物の評価という観点から見て、大統領や総理大臣は、組織の長として、公的な評価をまず受ける。私的な行為で問題があったときも、まずは、公的な立場へのかかわりという観点から評価される。

 歴史上の人物を振り返るような視点で、今回の政策決定過程も評価する意味は大きいと思う。世論はたいせつだ。しかし、決定権は元首が持つ。こういう関係にあることをふまえて、現実の社会を観察し、評価し、発言し、参加していくことがまさに「価値観の研究」から導かれる基本姿勢だと思う。具体的にはさまざな意見や行動の選択可能性があるだろうが。

 要は、過去の歴史ばかり振り返ってああだこうだいうこともたいせつだが、現実に起きている事態や事件や事故ほど現代に生きるわれわれにとって重要なものはないのだから、目の前のことをしっかりと見つめて、情報を収集整理し、自分の意見を持ち、言うべきことを言い、すべきことをするということがたいせつではないだろうか?

 過去に学んだことを現在に生かしてこそ本物の知識であり教養だと思う。この「価値観の研究」もまたそのための一助となることを目指して書き続けているわけだが・・・。

 また、以上のこととあわせて考える必要があるのは、個人と組織や社会の問題である。

 元首も組織の長である以上、組織としての活動をいかにマネージできるかどうかがポイントである。さらには、世論というとらえにくい集団をいかに味方に付けうるかも。

 心理学から社会学への視点も重要になるだろう。

 大衆社会の行動原理や実態については、別途取り上げてみたい。