南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

最近の詩集評

  


             『最近の詩集評』



岡野絵里子詩集「陽の仕事」。人はどこから来てどこへ行くのだろう。秋、冬、春、夏、秋、と並べられた詩篇。人は痛みや悲しみをかかえながらも光を見出すことで歩み続ける。生と死への暗示が正確で穏やかで聖なる言葉を探り当てる。光は陽の仕事、言葉は人の仕事。詩は人の望みのように書かれる。

小松弘愛詩集「ヘチとコッチ」。土佐の言葉を素材とした楽しい読み物という側面と方言と共通語さらには日本語の未来を真剣に考える研究書としての側面がある。言葉が亡びるという危機感から言葉を見ていくと、言葉はなんといとおしく見えるだろう。じるたんぼとかしつをうつとかへんしもとかね

秋川久紫詩集「戦禍舞踏論」。さまざまな芸術特に美術に精通した著者が装幀から個々の詩篇の細部に至るまで凝りに凝った造本となっている。現実とパラレルな戦場としてイメージされた世界では、あやしくきな臭く危険な誘惑や金や色恋や犯罪や訴訟などめくるめく情景が浮かび上がる。戦禍の中に舞踏が。

ヤリタミサコ「私は母を産まなかった/ALLENとMAKOTOと肛門へ」。人間の心は体の構造や発達や成長や機能によって揺さぶられる。性差もある。アイデンティティが曖昧な自己とのずれの中である種の不条理が意識の中に忍び込む。母ではなく自分自身を産んだという発見によりはじめて自立する。

ブリングル詩集「、そうして迷子になりました」。妻であり母である日常生活をベースにしながらも、想像力はどこまでも飛んでいく。言葉が溢れて読者も楽しい迷子になりそうだ。ユーモア、メルヘン、身体感覚、迷走の中に垣間見えるやさしさや寂しさがたまらない。「イジワル」のデリカシーが素敵だ。

中村不二夫詩集「House」。小生と同世代の著者の思いがよくわかる。幸不幸がないまぜになった人生をしずかに見つめて、どんなに辛いことがあっても希望を失わないようにしようという祈りが共感を呼ぶ。猥雑で筋書きのない現世にふと見出す聖的な啓示が詩へと昇華される過程が深い感動を与える。

るすいるす詩集「やわらかな安堵」。訪問看護師としての著者と、精神を病みかつ癌におかされたある患者との濃密な交流の様子を、誠実に丁寧にユーモアも交えて細部まで拾い上げるように記した記録風の詩篇だ。詩らしくしようとしない書き方がかえって心を打つような気がする。身につまされる詩集だ。

小川三郎詩集「象とY字路」。しばしば使われる言葉がある。人、父、母、男、女、子供、家、街、花、雪、生、死。ある種の虚無感が反語や諦念で示されるが同時にユーモア感覚が慰藉を与える。象、猫、天狗、幽霊などを巧みに描く。普通の論理を超えた「詩の論理」というものがふしぎな世界を造り出す。

野村喜和夫詩集「難解な自転車」(書肆山田)。相変わらず旺盛な創作意欲が感じられる。さまざまな実験的なスタイルによる詩のオンパレード。タイトルポエム「難解な自転車」はふしぎなユーモアで読ませる詩だ。「小言海」も、五十音を詩でさまざまに楽しませてくれる。200ページに及ぶ大部な一冊。

秋亜綺羅詩集「透明海岸から鳥の島まで」。自分と同世代の詩人。若いころから活躍されていたので、第二詩集と知ってびっくり。深刻なテーマも全般に冷静なタッチでさまざまなスタイルを駆使して描いているが、「透明海岸探査ゲーム」は切迫感があり、言葉も直接感情に訴えるという点で特に印象深い。

望月遊馬詩集「焼け跡」。言葉が少年少女のようにういういしく傷つきやすいメルヘンを紡ぎだす。あまりに繊細でシャイな感性は、照れくさいのか、焦点をぼやかしてしまう。そんな中で、「家具の音楽」は、比較的童話的なストーリー性が明確で、牛をめぐるユーモラスで奇想天外な話の展開に魅せられた。

倉田良成詩集「グラベア樹林篇」。現代の神話創造者とでもいうべき著者が、古事記などの古典文学、折口信夫柳田國男などの民俗学レヴィ・ストロース旧約聖書、その他多くの神話、伝承、地名、言語等に係る博識を基礎に、詩人としての実力を遺憾なく発揮して書き上げた詩篇及び魅力あふれる自注。

三井喬子詩集「岩根し枕ける」。柿本人麻呂への深い思いが通奏低音のようにあるいは心の底を流れる水のように感じられる。そして、現代を生きる詩人の感性が人麻呂と感応することによって、いっそう時空の広がりを感じさせる。痛切な思いに動けなくなったかと思うと、人を食ったような凄味のあるユーモアも顔をだし、時には、さびしい気持ちや悲しい思いも抑えきれずに浮かんでくる。

山田兼士詩集「家族の昭和」。著者と小生は年齢的に割と近いので、詩集に登場する多くの昭和のヒットソングが自分の思い出とかなり重なってしみじみと共感できた。また、家族のさまざまな情景や悲喜こもごもが私小説のような味わいで的確に描き出されていると感じた。