南原充士『続・越落の園』

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   『生誕300年記念 若冲展』(2016.4.22~5.24 東京都美術館


1. 伊藤若冲は、1716年京都の青物問屋「桝屋」の長男として生まれた。23歳の時父が亡くなったので家督を継いだが、画業への思いが高じて40歳の時に次弟に家督を譲り、画業に専念した。
 44歳の時、鹿苑寺大書院の5部屋に墨絵の障壁画を描く。
 50歳の時、「釈迦三尊像」三幅と「動植綵絵」24幅を相国寺に寄進。
 61歳頃から、石峰寺の「五百羅漢」に着手する。
73歳の時、天明の大火で居宅とアトリエを焼亡、大坂に避難。
 75歳の時、大病を患う。西福寺「仙人掌群鶏図襖絵」など制作。
 85歳、没。石峰寺に葬られる。

2. 観客で押し合いへし合いの会場で、ひとをかき分けながらなんとか今回の展覧会を見終えて感じたことを要約すれば、以下のとおりである。

 ① 徹底した写生を通じて動物や植物の細密な描写をする技量を獲得した。
 
 ② 鶏は特に関心を持って繰り返し描かれるが、あまりにリアルに描かれるので美醜の境目を超えてしまいそうだ。ヘタをすればグロテスクと思われかねないトサカの強烈な赤色は見るものを狂気へと誘いかねない。

 ③ 動物には、鶏、雀、カラス,鷲、鴛鴦、鸚鵡などの鳥、鮎などの魚、カブト虫、バッタ、蝶などの昆虫、蛇、カエル、とかげ、犬、猿、ロバ、らくだ、象、虎、鯨、多くの種類の貝類、など、実に多種多様な対象が描かれる。おそらく実物を見たことのない動物も含まれているだろう。
 その緻密な描法は常人の観察力や表現力を超えている。

 ④ 植物には、青物問屋を営んでいたこともあってか、ナス、くわい、とうもろこし、すいか、にんにく、など多くの種類の野菜が生き生きと描かれている。また、松、梅、竹、櫟、青桐、椿、南天、棕櫚などの樹木、薔薇、芍薬、牡丹、ひまわり、あじさい、菊、桃、芙蓉、などの花が巧みな構図で描かれている。仙人掌が描かれた襖絵も珍しいのではないか。

 ⑤ 動植綵絵というのは動植物の克明なスケッチを基礎にそれらを巧みに組み合わせた装飾性に富んだ作品群であるが、リアルと装飾性を組み合わせた構図が名人芸そのものである。

 ただ、リアルと抽象が完璧にマッチした作品とややミスマッチの作品があることは否定できないと思う。

 ⑥ 85歳と当時としてはかなり長寿であったが、創作意欲は衰えず、膨大なエネルギーを注ぎ続けられたことは驚嘆に値する。
 細かいことを言えば、欠点も指摘することができるが、全体としては、まぎれもなく日本の絵画史上超一流に位置する巨匠の一人だと言えるだろう。

 ⑦ 今回の多くの展示品の中で、特に印象に残ったものは、「鳥獣花木図屏風」である。
  縦168.7cm×横374.4cm。エツコ&ジョー・プライスコレクション。
  約1センチに区切られた画面がさらに小さな四角形が作られ色が塗られた「桝目描き」という技法が用いられている。
 この屏風絵の構図、多くの動物の配置やしぐさ、絢爛たる色彩の美しさ、現代アートとひけをとらない斬新性、タイルかモザイクを感じさせる地模様、など最高傑作と言えよう。

 そのほか、「動植綵絵」の多くの作品、「乗興舟」、「菜蟲譜」などは、若冲の描画を楽しむ興趣、自然や動植物への興味や愛情、ひたすら画業に打ち込む使命感のようなものが感じられて虜になってしまった。

 ⑧ 結論的に言えば、若冲は偉大な画家であり、その残した作品は日本の宝物である。この展覧会は長い時間並んだうえに、混雑したギャラリー内でも押し合いへし合いする覚悟で見る必要があるが、それだけの犠牲を払っても見る価値があると断言してよいと思う。