南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

『カラヴァッジョ展を見て』

        

         『カラヴァッジョ展を見て』
 
                            平成28年5月27日
                            国立西洋美術館において

1.カラヴァッジョの人物

 1571年生まれ1610年没。
ミラノで絵の修業をしたあと1592年から1606年ローマで過ごす。
画家としては高い評価を得たが、刀剣の不法所持で逮捕されたり、夜の街での喧嘩が絶えなかったり、品行については悪い評判が立った。
1606年若者を殺してローマを追放されナポリへさらにシチリアへ移ったあとまたナポリに戻った。1610年ナポリからローマに向かう途中熱病で死去した。

2.カラヴァッジョの絵画

①殺人犯であったということからか、没後その絵画は忘れさられた。その画業への評価が定まるまでには長い時間がかかり、ようやく20世紀になって再評価の機運が高まったようだ。 

②今回の展示方法の面白かった点は、カラヴァッジョの絵に類似した他の画家の絵を多数展示してあったことだ。カラヴァッジョの画風の影響を受けた画家たちのことをカラヴァジェスティ(カラヴァッジョ派)と呼ぶそうだが、それはヨーロッパ各地に及んでいたらしく、カラヴァッジョの当時の影響力の大きさをうかがわせるものだ。

③カラヴァッジョの絵の特色を挙げてみれば次のようになるだろう。

ⅰ際立って高い写実の技巧

ⅱ光と影の強烈なコントラスト

ⅲ考え抜かれた構図、絶妙な人物や静物などの選択及び配置

ⅳ画題にマッチした色調、背景の色合いの巧みさ、

ⅴ状況にふさわしい人物の表情の的確性

ⅵ宗教や伝説的なテーマにおいても聖母やキリストや使徒が身近な人間のように描かれている。聖俗が渾然一体化している。

ⅶ斬首、殺人といった恐怖に満ちた場面も冷静に正確に描いている。

ⅷしばしば夜の巷でけんかをして他人に怪我をさせたり逮捕されたり逃亡生活を送ったりしながらも、描いた絵は実に安定した技量を発揮して新鮮かつ緻密な出来栄えを示している。

ⅸ聖母やマグダラのマリアのモデルは実在の娼婦であり、その中にはカラヴァッジョの恋人も含まれているらしいが、そのようなことを敢えて行ったカラヴァッジョの大胆さには驚かされる。

④今回展示された絵の中で、特に印象に残ったものをいくつか挙げてみよう。

ⅰ「果物籠を持つ少年」(1593-94)果物画は若い頃のカラヴァッジョの得意分野だった。少年の表情や肌の色、籠の持ち方及びぶどうなどの果物の描き方 そして背景のグレーの微妙な色調の変化等、完璧な出来栄えだ。

ⅱ「バッカス」(1597-98頃)赤ワインが注がれたグラスを持つ少年は神というよりは人間臭い表情をしている。どうやらカラヴァッジョの絵に登場する人物は自画像のようだ。それは当時の画家のよくやるやり方だったのかカラヴァッジョの独自のやり方だったのかは知らないが、自己顕示欲が強かったとしても不思議はない。

ⅲ「ナルキッソス」(1599頃)水面で画面を上下に二分した画面にはナルキッソスがからだをくねらせるようにして水に映る自分の姿を覗き込む姿が描かれている。余分なものは省かれナルキッソスの異様な自己愛に集中させている描き方は見る者の意表を突く。

ⅳ「エマオの晩餐」(1606)キリストとともに晩餐をとる数名の人物の絶妙な配置、顔色や表情の描き分け、シンプルな背景色など、一切の無駄がない。殺人犯として追われる中でよくこれだけ落ち着きのある絵が描けたものだと思う。

ⅴ「法悦のマグダラのマリア」(1606)意表を突くマグダラのマリアの天を仰いだ姿勢とエクスタシーを思わせる半眼の表情そして肌色っぽく色調を抑えた画面は、鬼気迫るものがある。カラヴァッジョが亡くなったときに所持していた絵の一枚だという。

3.カラヴァッジョの影響及び評価

 多くのカラヴァジェスティの絵の中で特に優れていると思われたのは、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「煙草を吸う男」と「聖トマス」だった。カラヴァッジョ並みの観察力と表現力が感じられた。
 カラヴァジェスティには入らないかもしれないが、その後の多くの画家たちにも、カラヴァッジョは大きな影響を与えたらしい。たとえば、フェルメールレンブラントなどの完璧な構図や光の捉え方や人物や静物の写実力にそれを読み取ることができるだろう。
 今回、はじめてカラヴァッジョの絵をまとめて鑑賞して感じた結論は、疑いもなくカラヴァッジョの画業は超一流の成果を残したものだということであった。文字通り波乱万丈の38年の短い生涯を駆け抜ける中で描き残した珠玉の作品群は、今やゆるぎない絵画史上の至宝としての地位を確かなものにしたとしても不思議ではないと言えると思う。

cf.「カラヴァッジョ展」の案内はこちら→http://caravaggio.jp/index.html