南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

表情筋体操

 

    表情筋体操

 

          南原充士

 

心配しすぎては神経症になると
長い喜劇映画を見始める
映画専用チャンネルだけあって
見たい作品がいくらでもある

笑うだけ笑って鏡を見ると
表情筋がゆるんでいるのに気づく
テレビのニュースをちらっと見ると
病院に運び込まれる患者が映し出される

胃が収縮するのが感じられ
追い詰められて室内を歩き回る
食欲を失うとますます力が抜け
顔色がひどく悪くなっている

人口呼吸器が映し出される
感染者数と死者数のグラフが
右肩上がりに急増している
世界全体が汚染され逃げ場はない

入浴するしかない
全身を湯船に浸して
のぼせるほどの時間が経つ
心身をリラックスさせるのだ

心臓がおだやかになる
大腸がゆっくりとほほえみ
脳細胞は眠り込む
夢は勝手に表情筋を操作する

泣いているのか笑っているのか
寝ているのか起きているのか
顔を見なければわからない
表情がなければわからない

防ぎようのない感染力だ
治療法はまだない
生きているのか死んでいるのか
表情筋はこわばっているか

今世紀最大の危機だというから
テレビをずっと見ていたら
手に負えない疫病の流行だと
医師がステイホームを訴える

だれもが動揺しているから
フェーク情報が溢れ出す
体操のインストラクターが
筋肉のストレッチの仕方を実演する