『 エフゲニー・キーシン ピアノリサイタル 』(H21.4.26サントリーホール)
『 エフゲニー・キーシン ピアノリサイタル 』
(H21.4.26 サントリーホール)
1.昨夜、サントリーホールは異様なほどの熱狂につつまれた。
約2時間リサイタルが終わっても、ほとんどの聴衆は席を立たない。万雷の拍手と怒号のようなブラボーの声。いい意味で館内騒然。花束を渡すひともひっきりなしだ。
アンコール曲が十曲。1時間以上も声援にこたえた。わたしもこれほどの興奮したコンサートホールの雰囲気をほかに知らない。
30代後半の色白でボリュームのあるヘアースタイルが目に付くしっかりした体格をしたピアニスト、キーシンが、ステージを何度も何度も出入りして、お辞儀をし、アンコール曲を演奏する。拍手喝采はますます過激になる。最後は、手を胸に当てて、騎士のようなお辞儀をして別れを告げた。時計は、午後10時を過ぎていた。
このリサイタルの内容を簡単に報告しておきたい。
2.曲目は、次のとおりである。
《 プロコフィエフ 》
:バレエ「ロミオとジュリエット」からの10の小品op.75より
少女ジュリエット、マキューシオ、モンタギュー家とキャピレット家
:ピアノ・ソナタ第8番 op.84 「戦争ソナタ」
《 ショパン 》
:幻想ポロネーズ op.61
:マズルカ op.30-4、op.41-4、op.59-1
:12の練習曲 op.10から
第1番 ハ長調、第2番 イ短調、第3番 ホ長調「別れの曲」、 第4番 嬰ハ短調、第12番 ハ短調「革命」
:12の練習曲 op.25から
第5番 ホ短調、第6番 嬰ト短調、第11番 イ短調「木枯らし」
【 アンコール曲 】
ショパン :ワルツ 第7番 嬰ハ短調 op.64-2
プロコフィエフ :オペラ『3つのオレンジへの恋』より「行進曲」
ショパン :幻想即興曲 嬰ハ短調 op.66
プロコフィエフ :“4つの小品”op.4 より「悪魔的暗示」
ショパン :マズルカ 第40番 ヘ短調 op.63-2
ショパン :ワルツ 第6番 変ニ長調 op.64-1 「子犬」
ショパン :マズルカ 第41番 嬰ハ短調 op.63
ショパン :ワルツ 第14番 ホ短調
モーツァルト :ピアノ・ソナタ イ長調 K331 第3楽章「トルコ行進曲」
ブラームス :ワルツ集より イ長調 op.39-15
3.プロコフィエフは、ロシアの作曲家ということで、ロシア出身のキーシンには特別の愛着があるらしい。とくに、「戦争ソナタ」は、その名のとおり、重厚さ溢れる難曲で、よほど深い音楽への理解と超絶技巧がなければ弾きこなせないと思われた。
ショパンの作品は、嵐のように荒れた空模様と穏やかな情景とを中核としてさまざまな変化が描かれるが、キーシンは、その複雑な陰影を完璧に表現していた。
アンコール曲を十曲も弾きこなした体力、気力、サービス精神には脱帽だった。
4.総じて、キーシンは、現在の世界最高のピアニストのひとりであることが実感できたのは、この上ない喜びだった。一夜明けてもなおこころの興奮がさめやらないというのはわたしにとってはじめてのことだ。油の乗り切ったキーシンに心酔した。これからのますますの成長を期待したい。
キーシンの並外れた演奏能力を示す具体的なポイントをいくつか挙げれば、
① 音が複雑な陰影と色彩をもち、それが立体的に組み合わされて、空中に投げ出されるように感じられた。嵐の中を行進する軍隊の姿が暗い背景の中にくっきりと浮かび上がったり、もやのかかった部屋の中に虹色に輝く宝石が現れる、というようなイメージを次々に喚起する音色なのだ。残響が十分引き伸ばされそれが時間的な奥行きを与えることで、空間的な広がりとあいまって、音の立体感を強調させるのだろう。
② 音の強弱が何段階にも分けられきめこまかな濃淡が表現される。また、速度についても限りなく速く正確な指使いが作曲家の意図した切迫感を確実にとらえる。
③ ショパンのともすれば表面的な表現になりがちな繊細さを生かしながら、さらに深く強い衝動へと導く力量はまさに巨匠と言ってよい。
キーシンはまだまだ若い。体力もありそうだ。マナーもよい。ピアノに打ち込む姿勢は真摯だが、どこかに余裕と自信を感じさせる。いま世界でもっとも輝いてるピアニストだ。
今回、はじめて生でキーシンの演奏を聴き、比類ない幸福感を味わえた。幸運だった。今後とも、キーシンの活躍に注目し、応援していきたいと思う。
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なお、キーシンの演奏を聴いた感動があまりに大きかったので、キーシンに捧ぐ詩を書いたので、ここに載せておくので、ご笑覧を!
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ピアノ・リサイタル
― エフゲニー・キーシンに捧ぐ―
指が鍵盤に触れたと思う間もなく
魔法のような音のホログラフィーが
次から次へと空中へ放り出され
花火のように輝いては消えていく
聴衆は催眠術にかかったように
魂を奪われ陶然と楽の園をさすらう
わしづかみされた胸が激しく波打つ
寄せては引き引いては寄せる大波
白い肌を紅潮させたピアニストが
アンコール曲を弾くたびに
ホールは嵐のような興奮に包まれる
ステージの傍らで胸に手を当てて
ピアニストが最後のあいさつをすると
我に返った聴衆がゆっくり席を立ち始める