南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

『 声の幻 』=VOICE SPACE (芸大・現代詩研究会) 公演を聴いて

 

  『 声の幻 』 (VOICE SPACE(東京藝術大学現代詩研究会)第一回公演) を聴いて



1.昨日(平成21年6月26日)、新宿文化センターにおいて、VOICE SPACEの公演「声 の 幻」を聴いた。(以下、敬称略)

  VOICE SPACEは、東京芸術大学の学生、院生、卒業生を中心とした、現代詩を研究する音 楽グループで、2004年に同大学院教授の成田英明、詩人の佐々木幹郎(当時音楽文芸非常勤講師) を顧問に、詩をいかに朗読するか、音楽とどのようにコラボレートするかを実験するために設立された という。

2.公演は、三部構成で、次のとおりだった。

  第一部  谷川俊太郎佐々木幹郎の作品から
  
  第二部  中国詩人作品
  
  第三部  朗読劇「子守唄よ」(中原中也生誕100周年記念祭参加作品)より

 ⑴ 第一部では、
 
  ① どこへ行くのですか   詩:佐々木幹郎  曲:中村裕
  ② 恋           詩:佐々木幹郎  曲:澤村祐司
  ③ りんごへの固執     詩:谷川俊太郎  曲:中村裕
  ④ したもじり       詩:谷川俊太郎  曲:中村裕
  ⑤ うしのうしろに     詩:谷川俊太郎  曲:小田朋美
  ⑥ メアリーとダニーの庭  詩:佐々木幹郎  曲:Roger Tallroth & VOICE SPACE
  ⑦ 呪文          詩:佐々木幹郎  曲:中村裕

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  いずれの朗読・演奏もアイデアと趣向が凝らされ、詩と歌と楽器のとりあわせも魅力的なものがあっ たが、特に印象に残ったものを挙げれば次のようである。
 
  「りんごへの固執」は、存在論的なおもしろさを感じさせる詩だが、ソプラノの小林沙羅の朗読が的 確にそれを表現していた。「りんご」と言うときに「り」の音が巻き舌になりすぎるのが気になった  が。

  「したもじり」は、鼓と尺八のコラボがユニークで、言葉遊びのおもしろさを意外性に富んだ音楽で 楽しませてくれた。

  「メアリーとダニーの庭」は、アイルランドのゴータ・ホークの美しい庭のようすを描いた抒情的な 詩にぴったりの抒情味あふれる音楽が心に迫った。歌も楽器もしみじみとした庭の雰囲気をまざまざと 描き出していて、聴く者はそれに酔いしれることができた。

 ⑵ 第二部では、

  ⑧ 生きる            詩:駱英   曲:中村裕
  ⑨ 墓              詩:田原   曲:小田朋美

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  中国人詩人の詩を和訳したものに曲がつけられていた。日本初演だという。
 
 「生きる」も「墓」も、いずれも内容的には重厚な詩を、何人かで朗読することを通して、「街路樹に オシッコをひっかける犬」や「地平線に育てられた耳としての墓」などの具体的なイメージが浮かび上 がり聴衆の心を深く揺さぶった。音楽もよくマッチしていた。

 ⑶ 第三部では、

  朗読劇「子守唄よ」      詩:中原中也 脚本:早坂牧子 曲:中村裕

   1 サーカス
   2 つみびとの歌、少年時から
   3 「詩的履歴書」より
   4 ダダの歌
   5 泰子の回想
   6 湖上
   7 「我が生活」より
   8 盲目の秋Ⅳ
   9 坊や
   10 夏の夜の、博覧会は、哀しからずや
   11 あゝわれは おぼれたるかな
   12 子守唄よ

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  これには朗読劇というタイトルがつけられているが、朗読というより、歌唱劇といった趣だった。オ ペラが言葉に音楽をつける代表的な形式だと思うが、この「子守唄よ」もオペラを観賞する醍醐味と同 様の深い感動を与えてくれるものだった。

  中也の詩は音楽性が高いという指摘は以前からなされているが、こうしてまとまった音楽がつけられてみると、ますますその特長が生かされるように感じられた。

  わたしは詩を書く者のひとりとして、詩がすぐれた作曲家によりそのポエジーをいっそう強く引き出 される幸せを感じた。ダ・ポンテの台本にモーツァルトが曲をつけた「フィガロの結婚」のように。

  特に、最後の「子守唄よ」は、中也の詩を何倍にも感動的にするすばらしい曲作りだと感心した。そ れを見事に表現した出演者の歌唱力や演奏力にも驚嘆を禁じえなかった。
  なお、有名な一節「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」をきわめて強く高い声で朗読したのを聴い  て、さすがに声楽家だとうならされた。

 ⑷ 幕間

  第二部と第三部の間に、佐々木幹郎のあいさつがあり、谷川俊太郎もゲストとして話をした。ユーモ アにあふれたやりとりが会場をなごませた。佐々木はリーダー役として、また谷川はコラボする立場か ら、芸大という最高の音楽の府が現代詩に取り組むことの意義を強調していたが、わたしもまったくそ のとおりだと思った。

  佐々木は、日本語の詩にふさわしい曲作りの必要性を述べていたが、たしかに輸入物の歌曲のような ものとはちがって、日本語のリズムや発音に適した音楽があるはずだと思う。それを実践している「VO ICE SPACE」は先見の明があり、今後ますますの発展を期待したいと思った。 

3.全体的な感想

  約二時間半にわたる公演は、聴衆の圧倒的な支持を受け、最後は鳴り止まない拍手が会場を埋めた。 新宿文化センターの小ホールは、熱心な聴衆で満員だった。

  出演者は、芸大学生など、次の通りだった。

   石井 千鶴  (鼓)
   黄木 透   (テノール
   小田 朋美  (作曲)
   大野 真由子 (ピアノ)
   金井 隆之  (テノール)  *賛助出演
   鏑木 綾   (ソプラノ)  *賛助出演
   小林 沙羅  (ソプラノ)
   権頭 真由  (アコーディオン
   斉藤 州重  (バリトン
   澤村 祐司  (筝)
   関口 将史  (チェロ)
   丹野 恵美子 (フルート)
   豊田 耕三  (ティン&ロー・ホイッスル/アイリッシュ・フルート)
   中村 はる那 (ソプラノ)
   中村 大史  (ギター/ブズーキ/アコーディオン) 
   中村 裕美  (作曲)
   早坂 牧子  (朗読/脚本)  
   森口 真智子 (ヴァイオリン)
   薬師寺 典子 (ソプラノ)
   渡辺 元子  (尺八)
   
  あらためてこうした顔ぶれを見てみると、昨夜の感動が蘇ってくる。
  すぐれた音楽家が詩に積極的にかかわってくれることはまことによろこばしいと思う。
  
  これまで、詩の朗読はさかんに行われてきたが、伴奏なしとかせいぜい楽器が少々といったものだった。
 「VOICE SPACE」のように本格的に音楽が詩とコラボするグループは日本でははじめてだと思う。こうした活動がますますさかんになってほしいと思うのだが、わたしが望みたいことは、今、日本には新しいすぐれた詩がたくさん生まれているのでそのへんの情報を的確にキャッチして作曲してもらえればということだ。特に、作曲に携わる人々にこのことを強くお願いしておきたい。もし、どんな詩あるいは詩人がおすすめかと聞かれれば喜んで答えたいと思うが、とりあえず、佐々木幹郎さんに聞いてもらうのが早道だと思う。
 
  今回、音楽は、詩の魅力を確実に倍加させることをあらためて感じた。
 日本語の美しさを、文学的にも音楽的にも相乗効果で、きわだたせる試みをわたしも心から応援したい し、機会があればわたしも詩のサイドから参加協力できればと願う。
 
  昨夜は、ほんとうに感動的な時間を持つことができた。
 「VOICE SPACE」の方々に心から感謝するとともになおいっそうのご活躍を祈りたいと思う。

(参考){VOICE SPACE]の、公式ブログ

     http://voicespace.blog58.fc2.com/