南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

志村喜代子詩集『人隠し』

志村喜代子詩集『人隠し』。時間は過ぎ去りすべては失われる。ここにはここにはいない者への眼差しがある。時は人隠しの魔として君臨する。人間は、抗いようもない時間や逃げようのない運命に翻弄され、現実を直視しつつ生きざるを得ない。冷徹な目で描かれた詩篇には突き付けるような恐ろしさがある。

詩「日暮れ」

 

   日暮れ

 

      南原充士

 

日が暮れた空き地に

若者が群れている。

昼間は暑すぎるので

涼しくなってから

表に出てきたのだろうか?

シルエットのひとたちが

通りを歩いていく。

蝉はおとなしく鳴いている。

鴉はいなくなった。

突然暴走族がやってきて

あたりは騒音におおわれる。

手に持った荷物が重いので

心もとない足取りが

なかなか進まない。

 

海東セラ詩集『ドールハウス』

海東セラ詩集『ドールハウス』。知的な企みと抒情性に満ちた散文詩集。建築家のような視線で専門用語を駆使し詩作品ごとに気の利いた引用を付加している。緻密な観察は印象派の画家のようでもあり構造的なアプローチと相俟って瀟洒な詩の家を建てている。ドールハウスというタイトルも気が利いている。

『孤影となりて』(575)

 

『孤影となりて』(575系短詩 2020.11~12)

 

 

 

かじかむ手 焚火を囲む 夢の中

 

氷雨降る 帰路はとぼとぼ 長い道

 

寝て覚めて 冷えたからだを 摩擦する

 

なにゆえに 憎しみはある 氷点下

 

冬の日の 孤影となりて 沈みゆく

 

凍る無へ 手をさし込める 涙影

 

身は凍え 心は折れて 隠れ住む

 

前を向き 後ろを向けば 冬踊る

 

国債に 年越し託す コロナ危機

 

風寒し 砲弾に似て 子は走る

 

冷や水に 喝を入れたし 滝の壷

 

雑用を 済ましてみても うそ寒い

 

見えぬまま 変わり続ける 寒気団

 

押し合って へし合ってほら 冬が来た

 

寒くって 暗くて狭い 冬眠へ

 

寒中の 散歩の後は 茶一服

 

明け方の 月冴え冴えと 凍る空

 

思いつく 吐く息白く 忘れ去る

 

ぬくぬくと 冬と思えぬ ひなたぼこ

 

厄多き 年を返して 福となす

 

はさぶさ2 歓喜の帰還 年の暮れ

 

皮膚よりも 薄い尊厳 凍り付く

 

マニュアルの ツボを外して 冬の空

 

寒冷期 温い孤独の 影となる

 

底冷えて 探さぬ神の ぼんのくぼ

 

襟立てて コートで隠す ぼんのくぼ

 

はやぶさ2 歳暮はるかに 持ち帰る

 

夢遥か 冬の砂漠の 上を飛ぶ

 

寒けれど つぶやく言葉 人に向け 

 

薄くとも 人の背に掛く 防寒着 

 

まずくとも ともに食する 鍋が好き

 

鼻歌に 心ゆるませ 厳冬期

 

暖房と 土産の茶まん 茶一服

 

はやぶさの 帰還は砂漠 冬の裏

 

べりりんと 屋根を引ん剝く 寒気団

 

背筋より 剥がす膏薬 かじかむ手

 

嫌われて ここは吹雪の 吹き溜まり

 

師走へと つむじ曲がりの 風が飛ぶ

 

振り向けば もう冬の日は 沈んでる

 

意地悪な 木枯らしとなり 吹き荒れる

 

苛立ちも 寒さをしのぐ 浅い知恵

 

悪霊を 背負って走るや 年の暮れ

 

待ちぼうけ 忘れはしない 冬の駅

 

ワクチンを 祈りの先に 灯す冬

 

物忘れ 凍てつく過去へ 置いてくる

 

氷雨降る 夜陰にまぎるる 人の影

 

流れ星 われを導く 冬の空

 

To do list 書き上げて見る 外は冬

 

なにほどの 害も加えず 早師走

 

コロナ禍は 嫌いな言葉 冬ごもり

 

かじかむ手 詰まらないから つままない

 

風怒る 雨泣き忍ぶ 日は詰まる

 

てやんでえ コロナの年も 押し詰まり

 

変間を 時間と分けて 師走来る

 

結局は わが世の冬に 紛れ込む

 

さはされど 強がってみる 寒げいこ

 

だれだって とっつきにくい ぬれ落ち葉

 

付き合いが 苦手と言う間に 年の暮れ

 

ほほえみが へたなまんまで 冬支度

 

わが著書を 読まずに秋に 去りし友

 

邑久生まれ ブドウの友も 今は亡し

 

あの丘で みかん狩りした 大三島

 

生食も 煮ても美味なり リンゴ園

 

からからと 回る風車よ 紅葉丘

 

秋の日の 翳ろうマント 肩にかけ

 

目が回る でんぐり返しの 枯葉舞う

 

見えぬ影 追われて走る 秋の暮れ

 

じんじんと 痛む歯茎よ 風寒し

 

じわじわと 細る首筋 マフラーす

 

じろじろと 見つめはしない しもやけも

 

『はやぶさ2の帰還』(57577)

 

はやぶさ2の帰還』

 

 (57577系短詩 2020.11~12)

 

 

 

いるだけで 傷つけあうは 定めなら

お茶を濁して のらりくらりと

 

おちょやんの 子役はうまい 毎田暖乃

台詞ぽんぽん おもろいほんま

 

我が心 星に託して 空を飛び

忘れたころに 帰る喜び

 

こつこつと 仕上げたものは つつしんで

そっと差し出す ふるえる手にて

 

未だ見ぬ 鬼滅の刃 倍返し

縁なきものも やがて縁付く

 

晴天を ひとり占めして 手を広げ

深呼吸して 吸い干す大気

 

一寸の 虫にはあらず さはあれど

五分の魂 心に燃やす

 

曇り空 窓より見れば 鴉舞う

一筆書きの 無限のマーク

 

宝くじ そろそろ運の 使い時

そっと手を出し さっとひっこめ

 

嫌われて 嫌い返して 嫌い合い

嫌い疲れて 嫌いが嫌い

 

気に入りの 曲を並べて 聴き惚れる

気づけば夜空 キラキラ星よ

 

あわただし あわいにあれど あわてずに

あわだてて飲む あわきカフェラテ

 

朝毎に ミチクサ先生 読むたびに

思わずゆるむ 頬の筋肉

 

法律は 退屈なれど 争いの

規範となれば あらためて見る

 

チェックして 不具合あれば 申し出る

寒空を舞う 鴉追いつつ

 

肺を突く 怒涛のような コロナにも

乱されぬ芯 灯して生きる

 

それならば 開き直って 一寸の

虫の如くに つぶやいて行く

 

わからない 他者の感覚 あきらめて

そんなものかと 恬淡と行く

 

今日もまた 午前零時を 跨ぎ越す

時を貫く トンネルを抜け

 

われと他者 あまりの違いに 愕然と

立ちすくみつつ もっともと知る

 

このところ 笑ってないと 鏡見て

作り笑いの 練習をする

 

こわばった この顔は誰 一瞬の

忘却ありて 苦笑いする

 

心から 笑えるときが 来ることを

祈って眠る 寝顔は知らず

 

幾たびも 濾過繰り返し 透明の

無色無臭の 水甕の水

 

観念と 抽象的と 朦朧と

退屈至極 普遍の霞

シェークスピア ソネット 105

 

ソネット 105

 

          W. シェークスピア

 

わたしの愛を偶像崇拝と言わないでほしい

あるいはわたしの恋人が偶像のようだと

なぜならわたしのソネットや称賛はいつも似ており

ただひとつのことをいつまでも述べ続けるからだ、

わたしの愛は今日も優しく明日も優しい

いつまでも変わらずにすばらしく優れている

だからわたしの詩はいつまでも同じところから抜け出せない

ただひとつのことだけを表現しほかのことは念頭にない、

美しさと優しさと真実、それがわたしの主題のすべてだ

美しさと優しさと真実、それをほかの言い方をすることはあっても

この言い換えはわたしの詩才を消耗させる

この三つのテーマがひとつになればわたしの詩作に素晴らしい機会を与える、

美しさと優しさと真実、それらはしばしば別々に存在してきたし

今に至るまで決して席を同じくすることはなかったのだ。

 

 

Sonnet CV

 

       W. Shakespeare

 

Let not my love be called idolatry,

Nor my beloved as an idol show,

Since all alike my songs and praises be

To one, of one, still such, and ever so.

Kind is my love to-day, to-morrow kind,

Still constant in a wondrous excellence;

Therefore my verse to constancy confined,

One thing expressing, leaves out difference.

Fair, kind, and true, is all my argument,

Fair, kind, and true, varying to other words;

And in this change is my invention spent,

Three themes in one, which wondrous scope affords.

   Fair, kind, and true, have often lived alone,

Which three till now, never kept seat in one.

神品芳夫著『木島始論』

神品芳夫著『木島始論』。1928年生2004年没の詩人木島始の生涯と活動をつぶさにまとめた労作。広島の原爆に象徴される戦争への思い、黒人文学の紹介、ジャズ評論、詩劇、詩画集、絵本、訳詩等多岐にわたる木島の全体像に迫る中で示される木島への溢れる共感と敬意と情熱はうらやましいほどだ。