南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

村上 龍と村上春樹

 村上 龍はぼくにはとてもよく理解できる作家である。
 文学にとどまらず、経済やスポーツや音楽や風俗や職業紹介まで
 多彩な活動をしている。いまはカンブリア宮殿の司会も務めている。

 「限りなく透明に近いブルー」を読んだときあまりのエロチシズムに驚いたものだ。
でも、そこにはエロスとともに美があった。五感で感じるタイプだという安心感がある。

 それに対して村上春樹はとらえどころがない。
 日本だけじゃなく世界でいちばん読まれている日本人作家だろう。
 カフカ賞の授賞式のもようをけさのテレビで見た。英語のスピーチもじょうずにこなしていた。
 だが、ぼくには村上春樹のよさがいまいちよくわからない。ぼくの理解力に問題があるのかもしれない。しかし、いいと思えないものはしょうがない。

 その理由はなにか?

 五感が感じにくいのである。
 現実に根を張っていないように見える。
 ファンタジーでありゲームブックである。
 生身の人間ではなくアニメのキャラクターみたいな登場人物が
 動いているように感じられる。
 童話か御伽噺も悪くはない。
 でも、ぼくは、おとなのリアリズムがほしい。
 シュールレアリスムもいいかもしれない。
 インパクトがあれば。

 こういう見方には反対意見も多いと思う。
 なにせノーベル文学賞にいちばん近い日本人らしいからだ。
 日本人のひとりとして日本人の書いた小説が世界中で歓迎されること自体は
 すばらしいことだし、今日の名声をかちえた村上春樹は賞賛に値するだろう。
 だから、なおのこと村上春樹の真の文学的な価値を知りたいと思う。
 ずしりと胸に響かないので困る・・・。

 どなたかそのよさを説明していただけませんか?