南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

価値観の要素(価値観の研究=その11)

「価値化の体系」とは、人口に膾炙した言い方をすれば、「思想」とか「世界観」とか「主義」とか「イデオロギー」とか「信条」とか「生き方」とか「理念」とかと言い換えることもできるかもしれない。

だが、それらの用語には一定のニュアンスがつきまとうので、ここでは、あえて、「価値観の体系」という言葉を使ってみた。

価値観の体系について総論的なことは述べたので、以下、各論に移っていきたい。

なお、「価値観の体系」の具体例は、前述のように、たとえば、総理大臣の選挙に際して表明される公約や政策がある。安倍晋三総理、小泉純一郎前総理などの発言を思い出してもらえばわかりやすいだろう。

体系というからには、いくつかの要素が組み合わさっているわけだ。

たとえば、安全保障問題。
憲法
国家組織。三権分立
地方組織。
経済問題。
税制。
金融。
産業・通商。
CIQ.
科学技術。
医療・福祉・介護。
年金。
人口。少子高齢化
教育。
雇用・労働。
外国人の受け入れ。
治安。防災。消防・警察。
交通基盤整備。
消費者保護。
生活安全。
環境保護。自然保護。
国際関係。国際協力。

情報通信。
観光・レクリエーション。
地域振興。
芸術。文化。芸能。娯楽。
スポーツ。
宗教。
ボランティア。

このように、大きく分類しただけでも、膨大な内容がある。

そこで、話を単純にするために、
言論の自由」ということを取り上げてみよう。
たとえば、憲法改正について賛否両論がある。
国会で成立した法案は有効になる。
まだ予断を許さないが、国民投票が行われるというステップがありうるだろう。

それでも、成立した法律の内容に反対するのは自由だ。
かつて、現行制度を批判しただけで逮捕され投獄された事例もあったが、
今の日本では、違法な暴力的な反対行動を起こさない限り、あるいは、名誉毀損などに該当しない限り、
どんな発言も許される。
これが、長い歴史を経て、成立された「言論の自由」だ。
まだまだ、不十分だという意見もあるかもしれない。そういうひとは、これからもずっと反対意見を表明し続けることができる。そういう制度がよいというふうに「価値観」が選択されてきた。

いまでは当然と思われる「言論の自由」も歴史的、あるいは、地理的に見れば、必ずしも自明ではない。

衆愚政治批判という考え方もあった。
民衆はおろかだから、政治は少数のエリートにまかせておくべきだ、とか、
言論の自由を認めると、世の中が混乱するから公益に反する、とか、
まじめに考えられたこともあった。

時間の経過は人類を進歩させるかどうか?
よくわからないが、長い眼で見れば、人類は進化し、成長して、賢くなっているのだと思いたい。

いまの民主主義をベースとする日本においては、
選挙や投票などの法的なルールを基礎に、多数決でものごとを決定することが基本だ。
そして、反対者は、合法的な範囲において、反対運動を続けることができる。
次の機会にまた選挙や投票によって自分の「価値観」が勝利する可能性がある。

言論の自由」という価値観の体系のひとつの要素を見てみたが、
さまざまな要素が複雑に組み合わさっているのが現実である。

それをきちんととらえた、正確な議論が求められる。
その上で、公正な手続きによって結論が出されるべきだと思う。