南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

人間関係=その1(恋愛関係)(価値観の研究=その28)

 人間の数だけ「価値観」があるわけだから、現実には、価値観は人間関係の中に現れてくる。
したがって、次のステップは人間関係、さらには社会関係、職場関係、国際関係などさまざまな関係をどうとらえたらいいかということが重要なテーマになる。

 まず人間関係から考えていこう。

 「人間がどんな存在であるか?」ということからはじめるべきかもしれないが、それではあまりに大きすぎるので、いくつかの典型的なパターンを想定して考えていきたい。

 ちなみに、人間の存在をとらえようとすれば、医学的なアプローチ、進化論的アプローチ、遺伝子的アプローチ、脳科学的アプローチ、心理学的アプローチなど、個々の人間についての科学的なアプローチがある。また、人間社会という集団的なとらえ方もあるだろう。ある時代の雰囲気や行動規範、政治や治安情勢や経済状態や生活水準など、人間とそれをとりまく環境を全体としてとらえる方法論もあるだろう。歴史的な推移、民族的な違い、宗教的な違い、政治体制のちがい、気候や地理的なちがい、など複雑な関係が存在する。

 民俗学的なアプローチでは、過去のさまざまな社会慣習や地域の特性など、さまざまな分野の歴史についての資料やヒアリング、現地調査等を通じてひとつのレポートをまとめる。できるだけ客観的に歴史をとらえようとする。

 社会科学は、本来科学的なアプローチが困難な分野に科学的な手法を導入しようとした。そのこころみは画期的なことだっただろう。マルクスウェーバーもそういう意味での先駆者だったと言えるだろう。

 本来複雑な人間関係というものを、単純化して述べようとするのが、ここでの狙いである。

 だれでもわかりやすい例は、「恋愛」だろう。

 相手を好きになるとはどういうことか?

 これも、脳が感じているのだろう。

 はじめに好意を持つ。次に、それを態度に表す。相手が自分に好意を持ってくれれば関係は発展する。
そして、愛情を感じるようになれば、さらに関係は深まり、通常は肉体関係に進む。

 そのあと関係が熟成すれば同棲や結婚への道が開ける。もし、話し続けるうちに、相手の考え方に自分と違う部分が見つかり、それが重要な相違であると関係の進展はむずかしいかもしれない。また、ともに行動しているときに、そこに否定的なものを見出せば同様に危機が訪れる。たとえば、食事をするときのマナーが下品で気に入らないと気づけば幻滅するかもしれない。あるいは、約束を破ってばかりいるとか、他人に接する態度にいやな部分を見てしまうとか、さまざまな幻滅の機会はあるだろう。

 このように、ひとりの人間と接することは、心身全体で接することである。ひとつの「価値観」をもった人間が刻々と変わる現実の局面に応じてなにかを感じ判断し、行動する。それが他者とかかわる過程でさまざまな理解、好悪、快不快、利害、愛憎、別離などの感情や成り行きに結びつく。

 ひとりの人間を観察するだけでも、多くの時間と労力を要する。ましてや正確にとらえようとすればさらにエネルギーが必要だ。ここでもまた、ひとは人間関係の取捨選択を迫られる。人間関係の優先順位というものが重要なテーマとなってくる。

 きょうはここまで。