南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

岡田喜代子詩集「午前3時のりんご」

 岡田喜代子詩集「午前3時のりんご」(花神社刊)にとてもいい詩があったので、紹介したい。

ぼくが北関東出身なので、「北関東」というタイトルに感じやすかったせいもあるかもしれない。

しかし、言葉をこねくりまわすことなく、たしかなタッチでたしかな詩心を描き切れた書き手の、真摯な姿勢と僥倖を待ちきれた辛抱強さと母親への深い愛情ゆえの不安な思いとがぼくの心を強く打った。

みなさんもどうぞお読みください。

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    北関東


低い山ばかりが続く故郷
方言が今でも残る町
一両だけのディーゼルカー
ゆるいカーブを描き始めると
車窓に小さく母の姿が見えてくる

年老いた母は丘の上に立ち
今でも ああやって
娘に手を振り続けるのだ
はじめは白い点として
次に白い割烹着となって
ついには正面から
白いハンカチを振る母の顔がわかる
それからわずかの間
線路脇の木立や家屋の陰に
白い点は見え隠れして
視界から消え去る

人は何に対して手を振るのだろう
手を振る母と
手を振る私の
視線の先にあるものは
たぶん同じ
いえ確かに同じ
同じものに向かって人は
互いに手を振るのだ
からだの奥に
ゆずの実ほどの明るさの
せつない火を灯して

北関東の
けむった山並みが
遠ざかってゆく
老いた母を孕んだまま

視界から消えた母が
やがて戸口に入る頃まで
心の中で
いつまでも小さく小さく
手を振り続ける