南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

「フェルメール展」を見て

フェルメール展」を見て

 今回、東京都美術館で開催中の「フェルメール展」(2008.8.2~12.14)を見た。

 世界に30数点現存するといわれるフェルメールの絵のうちの7点が今回の展覧会に出展されている。

 最近の「フェルメール」への賞賛の嵐は、過熱ぎみのブームみたいな感じがして薄気味悪いというのが、展覧会を見る前のぼく率直な感じだった。

 しかし、実際に、フェルメールの絵の実物を見てみたら、そのもやもやはいっぺんに吹き飛んだというのが現実だった。

 特に、「ワイングラスを持つ娘」「リュート調弦する女」「手紙を書く婦人と召使い」の三点が、フェルメールらしさを遺憾なく発揮した完璧なできばえの作品だと思った。

 「ワイングラスを持つ娘」は、若い娘が男に口説かれている様子が描かれた室内画だが、酒に酔いすぎないようにという寓意もこめられているらしい。ステンドグラスの窓には、手綱を持った女性がぼんやり描かれている。

 絵の前に立つとあまりの完璧な表現力に身震いと陶酔を感じた。
 なぜこんなに完璧なのだろうか?

 分析してみれば、

1. 完璧な構図
人物の選択・配置、テーブルや窓や壁や壁に掛けられた絵の選択や配置、全体の構図のたくみさ、

2. 完璧な色彩
 娘の着ているオレンジ色のサテンのドレスのあざやかさ、室内は落ち着いた灰色やブルーや白や茶系の色で彩られている、そのコントラストが見事だ。
 精妙な光と影の使い方、微妙な明暗の変化、主要人物への思い切ったスポットライトの照射

3. 完璧な生命
 描かれた人物の表情やしぐさが活き活きとしていて、まるで絵の中で生きているように見える。
日常の中の物語の一瞬を浮かび上がらせたように見える。

4. 完璧なディテール
 超一流の画家に共通に言えることだが、絵のすみずみまで注意が行き届いているので、見るものは精密さの美に感動する。

5. 完璧な計算
 いかなる画家もその時代の社会環境と無縁では生きられない。その中で、描くべきテーマを見出し、最高の技術で絵を描くためには、天賦の才能と人並みはずれた刻苦勉励が不可欠であったはずだ。
 おそらくフェルメールも人一倍努力をかさねて、完璧な計算をして絵を描ける高みに達したに違いない。

 というようなことになる。

以上の特色は、フェルメールのほかの作品にもあてはまると思われる。

リュート調弦する女」では、モノトーンの室内で、女に窓からの光が強くあたっている。壁には世界地図がかかっていて、室内で微笑む女が、航海に行っている男を待っていることを暗示している。そんなところが印象的だ。

また、「手紙を書く婦人と召使い」では、手紙を書く婦人に一際強い光が当たっている。白っぽい衣装と真剣な表情が美しい。そばで窓の外を見ている召使いがどっしりしているのがおもしろい。壁には、「モーゼの発見」の大きな絵がかかっているのは、母と息子の関係を暗示しているのだろうか。テーブルを覆っている燕地色の布が画面に暖かさを与えている。

 ほかに、「ヴァージナルの前に座る若い女」は、たて25センチ、横20センチの小さな絵だが、画風は上の三点と類似しており、完璧なしあがりを見せている。ヴァージナルとは当時の鍵盤楽器のこと。

 「小路」は、フェルメールの生まれ育った町デルフトの町の一角を描いた作品で、当時の町の様子を窺うには便利なものだが、フェルメールの作品としては傑出しているものとはいえないのではなかろうか。

 そのほか、展覧会では、フェルメールの作品の中では、はじめのほうに陳列されていたのが、「マルタとマリアの家のキリスト」と「ディアナとニンフたち」だ。

 「マルタとマリアの家のキリスト」は、聖書から題材をとったものらしいが、フェルメールの生活画(風俗画)に通じるような色彩や構図やタッチの完璧さが見てとれる。
 フェルメールの絵の中ではサイズも大きい。キリストがふつうの人間のように描かれているのも興味深い。

 「ディアナとニンフたち」は、神話に題材をとったもののようだが、描かれているのは、ふつうの家庭の娘たちのように見える。そこにはフェルメールの絵画観が見て取れるように思える。

 展覧会の一角には、フェルメールの30数点の絵の実物大の写真がまとめて展示されていた。まことに圧巻であったと思う。思わず、ひとつひとつの絵に見入ってしまった。

 今回の展覧会を見ることで、ぼくは完全にフェルメールの虜になってしまった。

 今までぼくが絵の実物を見た中では、システィナ礼拝堂にあるミケランジェロフレスコ画最後の審判天地創造)が最高だと思うが、ほかに、ラファエロ、ダ・ビンチ、ボッティチェッリなどが特別の画家だと思われる。
 そして、その特別の画家のひとりに、フェルメールを加えてもよいというのが今回の結論である。なんという至福の時間だったことだろう。

 ヨハネス・フェルメールは、1632年に、オランダのデルフトに生まれた。 父親が、宿屋や織物業や画商をやっていた関係もあり、画家の道に入ったようだ。1675年に43歳の若さで没している。当時のデルフトは絵画や建築が進んでいて、すぐれた画家もいたようだ。しかし、展覧会で、ほかの画家の作品と比べてみると、フェルメールはひときわ燦然と輝きわたっており、他を寄せ付けない。17世紀のデルフトは実に天才画家フェルメールを生み出すという歴史的な幸運に恵まれたのだといえるだろう。

「参考」

  http://www.tbs.co.jp/vermeer/