南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

『2020年 コロナに暮れる』(57577系短詩)

 

『2020年 コロナに暮れる』

(57577系短詩(2020年12月))

 

 

これもそれ あれも乗り越え ここにいる

ようやくにして 小人ひとり

 

山谷を 超えて到れる 人の世に

魑魅魍魎と なりてはびこる

 

あと一歩 ひとへの道を 踏み出さん

餓鬼道を抜け 人非人越え

 

鬱屈が 自堕落になる 兆候を

踏み台にして 人心地つく

 

逃げ場なき 袋小路に 追い込まれ

前はコロナか 後ろは鬼か

 

終わりなき 人世の中で 終わりける

人の命を わがことと見る

 

悪夢より 酷な現実 世界中

コロナコロナで 夜も寝られず

 

猜疑心 強かろうとも 人はみな

一抹の恋慕 無しで生きえぬ

 

究極は 天涯孤独と 知りつつも

茶飲み話で 世間を渡る

 

さりながら 手探りしつつ 交わりて

喜怒哀楽の 芝居を演ず

 

他者なれば まして分からぬ 心内

唖然茫然 憮然悄然

 

友なれど しかと分からぬ 人とひと

互いのことは 謎のままなり

 

不用意な 批判をすれば 自らの

見る目失い 良識崩す

 

それぞれに 気ままにやるが ベストなり

ただし下卑たる 口舌慎む

 

わが友の 面影浮かぶ 喜びも

悲しもあり 巡る年月

 

なんとまあ 悪しざまに言う 舌の先

尖って曲がって 黒ずむ蜥蜴

 

まあ別に いいんじゃないの そっぽ向き

鼻歌混じり 唾を吐くひと

 

図らずも 訪う人あれば 暗黒も

光の先へ 退くごとし

 

意地悪も 頑固も怨も 人の性

裏返しして 聖なる夜へ

 

おまつりも 気が進まぬと ひきこもり

せめて新たな 息抜き求む

 

いつからか 絵筆は持たず 目の前の

風景さえも 描くことなし

 

このところ 師走にしては あたたかな

日射しを浴びて 彫像になる

 

変異とは ミスプリに似て 気まぐれな

いたずら者の なせる仕業か

 

木星と 土星の合に 付き合いて

月の瞬き 空のブローチ

 

倒れつつ 起き上がりつつ 生き延びて

行きつく先が 砂漠であろうと

 

見えつつも 触れえぬ事物 外界の

社会の距離は ひとを隔てる

 

おぼれては 浮き上がりつつ 一本の

藁にすがりて 漂うわれは

 

ただひとり 虚無のヴェールに 包まれて

空しく藻掻き 意識は失せる

 

力無き わが手をもちて 紡ぎける

細き糸にて 編みし薄絹

 

自粛にて 心身共に 衰退す

退化の改新 大過の回避

 

大方は 愚痴と言い訳 ノンシャラン

たまにはひょいと 気の利く台詞

 

なによりも 困難なのは 偏見の

ない目で物を 見通すことだ

 

我知らず 妙な見方に 害されて

真実を見る 眼力失う

 

ことさらに 注意すべきは 英知欠く

地位ある者に 盲従すること

「笑う種」5

 

   「笑う種」5

 

        南原充士

 

お笑い塾では今日も

塾生たちが絞られていた

 

――笑いの壷を探してこい

――笑いの骨を拾ってこい

 

優等生は卒業して

次々と高座に上がった

 

落ちこぼれはやむなく

お笑いの道を断念した

 

客席に入り浸って

笑い続ける者がいた

 

巧みな笑いが主の目に留まって

サクラとして雇われた

 

笑わせる方では劣等生だったが

笑う方では優等生だった

 

芸人の出し物に応じて

今日もタイミングよい笑いが聞こえる

シェークスピア ソネット 106

 

   ソネット 106

 

            W. シェークスピア

 

過去の年代記を見ると

極めて美しい人々の記述があることに気づく

美の叙述が作り出す美しい古代の韻文は

貴婦人や愛すべき騎士たちを称賛している、

そして とびきり素敵な美男美女の

手や足や唇や目や眉を描く筆致を見ると

古代の詩人たちなら 今美の極致を誇る

あなたのような美しささえ表現できたかもしれないと思う、

かれらの称賛の言葉は この我らが時代のあなたという美男子を

予め描いて見せた予言である

彼らは未来を予測する目を持ってはいたが

あなたの価値を謳う技術には欠けていた、

今この現代の世の中をわれわれは

驚きをもって見る目は持っているがそれを称賛し得る言葉を持たない。

 

 

Sonnet CVI

 

         W. Shakespeare

 

When in the chronicle of wasted time

I see descriptions of the fairest wights,

And beauty making beautiful old rhyme,

In praise of ladies dead and lovely knights,

Then, in the blazon of sweet beauty's best,

Of hand, of foot, of lip, of eye, of brow,

I see their antique pen would have expressed

Even such a beauty as you master now.

So all their praises are but prophecies

Of this our time, all you prefiguring;

And for they looked but with divining eyes,

They had not skill enough your worth to sing:

   For we, which now behold these present days,

   Have eyes to wonder, but lack tongues to praise.

「笑う種」4

 

   「笑う種」4

 

             南原充士

 

長い舌を出して

―龍君どっちのベロが長いか比べてみよう

 

そんな挑発には乗らずに

―蜥蜴君 どこまで登れるか比べてみよう

 

ねじ曲がった老木を二匹は登って行った

 

天辺まで来たとき

―龍君 今度はどちらが先に下まで降りられるか

 

そんな誘いには乗らずに

―蜥蜴君 空高く昇ってみよう

 

龍は雲の彼方に消えていった

 

蜥蜴はしょんぼりと降りてきて

ちょろちょろと舌を出したり引っ込めたりした

 

当代随一の絵描きが

―蜥蜴よ お前を立派に描いてやろう

 

蜥蜴は龍になった気持ちになって

木の天辺からジャンプした

 

頭の中では龍になった自分がいた

 

木の下を通りがかった絵描きは

舌を噛み切った蜥蜴を見やった後

 

木の幹に一枚の絵を立てかけた

風神雷神が金箔の空を飛んでいた

「笑う種」3

   「笑う種」3

 

             南原充士

 

笑う種の分析をした研究所は

笑いの成分を抽出して

抗うつ薬の製造にこぎつけた

 

笑いは免疫機能を活性化するという

研究結果は知られていたが

笑いを引き起こす薬は開発されたことがなかった

 

飲んだら気持ちが晴れ晴れとしたという

評判は評判を呼び

薬は爆発的に売れた

 

製薬会社は大儲けをしたが

ひとつ気懸りなことがあった

笑いはじめると止まらないという苦情だ

 

研究所はついに新薬を開発した

笑いは止まったが

笑う薬が効かなくなった

 

お客はまた寄席に通うようになり

芸人はますます芸を磨いた

笑う種は品種改良が続けられている

 

 

「笑う種」2

  「笑う種」2

 

         南原充士

 

笑う種をまいたら

芽が出て茎が延びて

大きな木に成長した

 

人が近寄ると

葉がざわざわとして

人は思わず笑いだすのだった

 

秋になると丸い実が付いた

食べると口が真っ赤になり

笑っているように見えた

 

熟した実からは大きな種がとれた

種はおかめに似たかたちをしていた

みんなで福笑いをした

 

 

「笑う種」1

  「笑う種」1

 

           南原充士

 

このところ笑っていない

顔の筋肉がこわばってしまった

笑いの感情さえ忘れてしまった

 

チンパンジーが腋の下をくすぐってきた

足の裏や首筋もこちょこちょしてきた

もう我慢できない

思わず笑ってしまった

 

チンパンジーにバナナをやった

ケケケと笑った

自分もバナナを食べて

ケケケと笑った

 

いい気持ちで鏡を見た

そこにはもう一匹の

チンパンジーが映っていた