南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

詩集・詩誌・小説等評

田中啓一詩集『弥生ちゃん』

田中啓一詩集『弥生ちゃん』。最愛の妻に先立たれて3年。妻弥生と生きた日々の一瞬一瞬を蘇らせるために詩を書き詩集にまとめたと言う。出会ったときから弥生ちゃんが亡くなるまでの様々な思い出が、懐かしさと愛おしさと悲しみが胸に溢れる中で、丁寧に描…

渡辺みえこ詩集『押し入れのひと』

渡辺みえこ詩集『押し入れのひと』。78歳までの来し方で最も印象深いのは家族、特に母のことのようだ。幼いころから母はずっと自分を守ってくれた。女性としてのアイデンティティに苦しみ、身体的な重さを抱えながら詩を書いたが、言葉を発しようとすると…

中澤清詩集『時間の遠近法は記憶の魔法―葉月長月2021』

中澤清詩集『時間の遠近法は記憶の魔法――葉月長月2021』。現実や情景や記憶や思索が様々な着想を導き知的なスタイルの詩篇へと結実する。時間へのこだわりが独特の詩の時空を開いて読者に不思議な体験を共有させる。とりわけ詩「記憶」における「生と死」へ…

楡久子詩集『北陸からやってきた』

楡久子詩集『北陸からやってきた』。武生市で育って中学三年の時に堺市に引っ越した著者が今日までの人生を手のひらで包むように大切に辿った詩集。家族や近所のひとびとや学校や小鳥や植物などごく身近な日常で見たこと感じたことを等身大の言葉で丁寧に掬…

神原芳之詩集『流転』

神原芳之詩集『流転』。生の流れの中で経験した多くの幸不幸の出来事を深い洞察眼が観察し、観照ともいえる視点から静かで正確ですこしユーモアと反骨精神を忍ばせた詩作品として差し出している。戦争、災害、親しい人の死、文学、動植物、自然の情景等走馬…

大石聡美第七小説集『婚約』

大石聡美第七小説集『婚約』。34歳、バツイチの私と一つ年下の青年、間宮とのいかにもありそうな交際の流れと自然で生き生きとした会話が読ませる。あっけなく婚約に至るのももったいぶったところがなくていい。「元夫シリーズ」を書くのがライフ・ワーク…

『うろこアンソロジー合本 2014-2020』

『うろこアンソロジー合本2014-2020』。WEB上の灰皿町の清水鱗造町長が毎年年末に町民からの詩を募ってまとめていたものを7年分まとめて紙の本として出版した。最近清水氏は詩や小説や評論を精力的に発表し書籍化している。わたしも灰皿町民の一人…

小島きみ子詩集『楽園のふたり』

小島きみ子詩集『楽園のふたり』。生死を直視する強靭な精神力と神話や古事記や聖書や哲学書や詩や音楽などの幅広い教養が、現実世界における出会いと別れの諸相を、様々な詩の形として生み出す。恰も巫女が此の世と黄泉の国の媒介をするかのように言葉の霊…

ヤリタミサコ詩集『月の声』

ヤリタミサコ詩集『月の声』。空想奇談とも言うべき語り口のおもしろさと人生経験の深さを踏まえたアフォリズムが、古い橋や月や不思議なカメラをめぐって卓越した詩の世界を生み出している。「住む」の発想もユニークだ。「橋」はすぐれた英訳も付されてい…

篠田翔平詩集『おくりもの』

篠田翔平詩集『おくりもの』。一見みずみずしい初恋の物語のように見えるが、よく読むと場面や時間が飛んでいたり、会話もとぎれとぎれになっていたり、登場人物も明確な像を持たなかったりと、複雑な構造を持つ超絶技巧が凝らされていることに気づく。儚い…

木葉揺詩集『アーベントイアー』

木葉揺詩集『アーベントイヤー』。奇想天外のドタバタ劇。コーヒーメーカーで切り刻んだ蟻の列が巨大な一匹の蟻になったり、両肩に絡まった柿木がフェリーから投身自殺したり、暖炉の前で死んだ熊を解体し火葬に付す等弾ける言葉による「冒険」は笑いが止ま…

川中子義勝詩集『ふたつの世界』

川中子義勝詩集『ふたつの世界』。猥雑で苦悩に満ちた世界が著者の濾過装置により澄み切って穏やかで懐かしい芸術世界に変換される。全編に詩的なノスタルジアが宗教音楽のように鳴り響き、言葉による美しい結晶として析出している。とりわけ「Ⅲミステルの旅…

加藤思何理詩集『おだやかな洪水』

加藤思何理詩集『おだやかな洪水』。結婚、出産、性、仕事、母、家族、親友の病気、色々な思い出等暮らしの様々な情景が瀟洒なスタイルの詩へと変換される手際は見事だ。それは現実世界が濾過されて言葉で再構成された芸術世界であり、生のリアルな悲喜交々…

森雪拾詩集『ゆきふるよる』

森雪拾詩集『ゆきふるよる』。丁寧に選び抜かれた言葉が静かに並べられると、そこにはなつかしい自然の情景が瞼に浮かんでくるが、森や岸辺や海に木や花や鳥や船を見る目は生きる者の嘆きや幻影を見透している。安っぽい感傷に流れない上質の抒情詩集。特に…

高橋馨詩集『それゆく日々よ』

高橋馨詩集『それゆく日々よ』。80歳とは思えない心身の活力や現実世界への関心の持ち方そして女々しさを吹き飛ばすような反骨とユーモア。思わず引き込まれる多彩で巧みな人物や動物や風景の描写の陰には消滅の悲しみも内包されている。記憶は永遠だとい…

すぷん4号

「すぷん」4号。坂多瑩子さん編集の詩と詩人への愛情溢れる素敵な詩誌。今号は柴田千晶特集。坂多さんをはじめ親しい詩人の寄稿や座談会などによって、魅力いっぱいに柴田さんの詩や俳句などが詩歴と共に紹介されている。自分のことばかりで精一杯のひとが…

紀の﨑 茜詩集&句集『永遠の音』

紀の﨑 茜詩集&句集『永遠の音』。詩と俳句が融合して不思議な時空が広がる。季節感と生死の意識の中でさまざまな情景が描かれる。「牛の目の悲しみ溜めた水たまり」「永遠の音なき音の深き宙(そら)」。人生の多くの苦しみを経て全ての現象は永遠の一刻な…

大家正志『袋あるいは身のまわりにおきたこと』

大家正志『袋あるいは身のまわりにおきたこと』。『袋』はバイトの運転手が運んでいる袋の中身にこだわって夜の工場に忍び込む話。『身のまわりにおきたこと』は夫や娘や自分に起きる意外なできごとに翻弄される45歳の主婦の心理や行動を描いた話。いずれ…

日原正彦詩集『はなやかな追伸』

日原正彦詩集『はなやかな追伸』。人間の生死や動植物やさまざまな物への思いを澄んだ目でとらえ、込み上がる感情を肩の力が抜けた言葉のスケッチとして自在に描いている。豊富な人生経験に基づく深い洞察力と優れた表現力と巧まざるユーモアは、悲喜こもご…

二条千河詩集『亡骸のクロニクル』

二条千河詩集『亡骸のクロニクル』。宇宙、時空、地球といった壮大な構図の中で人類の歴史が冷徹にとらえられる。ほとんど喜びや希望に満ちた情景は描かれず、科学館の展示を見るような視点から、無数の人々の骨片を踏み越えて行くしかない人間の冷厳な現実…

宇佐見りん『推し、燃ゆ』

宇佐見りん『推し、燃ゆ』。アイドルとファンの関係、女子高生の生理と心理、家族との関係等が、緻密な観察力と巧みな構成と文章力で描出されていて小説として申し分ないできばえだ。ただ、新たに推しを見出す以外に解決があるのだろうか?救いが見えにくい…

中村不二夫『現代詩NOWⅠ』

中村不二夫『現代詩NOWⅠ』。多くの優れた詩集を刊行する傍ら驚くべき質量の詩論集を刊行している。本書は、東日本大震災や関東大震災と詩人の関係についての論考を初め、辻井喬他の詩人論、詩集評、詩誌評、講演等により、極めて広い視野から緻密な資料チェ…

『富沢智詩集』(砂子屋書房版 現代詩人文庫)

『富沢智詩集』(砂子屋書房版 現代詩人文庫)。膨大な詩篇と詩論・エッセイの執筆そして現代詩資料館『榛名まほろば』の運営、各種のイベントの開催など、類稀な行動力と大きな功績に接するとその情熱に頭が下がる。本詩集に収録された詩篇の中では、「黄泉…

早矢仕典子詩集『百年の鯨の下で』

早矢仕典子詩集『百年の鯨の下で』。一見静かな筆致の中に浮かんでくるのは、研ぎ澄まされた感覚で捉えられた日常に潜む暗黒だ。漆黒の闇でこそ見えてくる光によって人は生かされるのだろう。たとえ時間が大切なものを奪っていくにしても、わたしたちは晴れ…

長嶺幸子詩集『Aサインバー』

長嶺幸子詩集『Aサインバー』。12歳で父を亡くし、6人兄弟の長女として母を助ける。母は昼は畑仕事、夜はAサインバーに行って米兵相手に物を売る。沖縄での暮らしの様子が沖縄語を交えて懐かしく少し物悲しく語られる。戦争を経験しながらも助け合って健…

八重洋一郎詩集『銀河洪水』

八重洋一郎詩集『銀河洪水』。宇宙的なスケールで人類の歴史を辿ると共に、南の島の情景や暮らしや哀感を描く時も絶えず浮かんでくる銀河のイメージや地上の壮大な生命の営みがダイナミックに溢れ出す。他方、「福への挨拶ー古老説伝」における「袖果報(ス…

田中眞由美詩集『しろい風の中で』

田中眞由美詩集『しろい風の中で』。なんという寂しげな心境だろう。<そこ>も<そのひと>もあいまいで、しろい風がくりかえされるしろい日をさらっていく。< そのひと>の語った言葉やしぐさが時や場所を超えて蘇るとき、だれにも<その時>が来ることを思わ…

「カルテット第7号」山田兼士小詩集「疾中情景詩篇」

「カルテット第7号」。山田兼士小詩集「疾中情景詩篇」。突然の病で入院。退院して回復するまでの経験と思いが切々と語られる。重大な出来事を辛抱強いリハビリで克服する過程は他人事とは思えない切迫感とリアリティがある。「未知の 未明の 未踏の どこか…

豊原清明詩集『白い夏の死』

豊原清明詩集『白い夏の死』。キリスト教への信仰も生きることのさまざまな試練や虚無や怒りや病や罪の意識を解放することはない。日常の出来事に翻弄される自分自身を持て余しながらも現実を冷徹に観察して見えてきた社会の猥雑さや不可思議さを真率に書き…

春野たんぽぽ詩集『赤い表札』

春野たんぽぽ詩集『赤い表札』。第一部赤い表札では故郷を舞台に少女時代の思い出が正直に語られる。第二部環状線では大阪に出てきてからの経験が故郷との対比の下に描かれる。詩は次第に現実にフィクションが加わり立体性とユーモアが魅力を強める。独自の…