南原充士『続・越落の園』

文学のデパート

2021-01-01から1年間の記事一覧

高橋馨詩集『それゆく日々よ』

高橋馨詩集『それゆく日々よ』。80歳とは思えない心身の活力や現実世界への関心の持ち方そして女々しさを吹き飛ばすような反骨とユーモア。思わず引き込まれる多彩で巧みな人物や動物や風景の描写の陰には消滅の悲しみも内包されている。記憶は永遠だとい…

シェークスピア ソネット 126

ソネット 126 W. シェークスピア おお、わたしの可愛いひとよ、あなたは 時の変わりやすい鏡や鎌、時間をしっかりとその手に収めている あなたは年をとるにつれ成長したが、そのことで 素敵なあなたが成長するにつれあなたの親しい人たちが老いゆくことを示…

すぷん4号

「すぷん」4号。坂多瑩子さん編集の詩と詩人への愛情溢れる素敵な詩誌。今号は柴田千晶特集。坂多さんをはじめ親しい詩人の寄稿や座談会などによって、魅力いっぱいに柴田さんの詩や俳句などが詩歴と共に紹介されている。自分のことばかりで精一杯のひとが…

紀の﨑 茜詩集&句集『永遠の音』

紀の﨑 茜詩集&句集『永遠の音』。詩と俳句が融合して不思議な時空が広がる。季節感と生死の意識の中でさまざまな情景が描かれる。「牛の目の悲しみ溜めた水たまり」「永遠の音なき音の深き宙(そら)」。人生の多くの苦しみを経て全ての現象は永遠の一刻な…

シェークスピア ソネット 125

ソネット 125 W. シェークスピア 天蓋を運ぶ役割はわたしにどんな意味があったのだろうか? わたしの外観によって世間的な敬意を表するというような あるいは永遠に保持されることを目指して設置した大きな基盤が 荒廃や崩壊よりも更に速やかに毀損してしま…

新詩集つれづれ=問わず語り

『 新詩集つれづれ=問わず語り 』 2021年8月25日 1.南原充士詩集=わが既刊詩集13冊を振り返って これまでの詩集についてどんな思いで刊行したのか振り返ってみたい。 まず、詩集『時間論』は、「時間」という身近なようで謎に満ちたものをかな…

シェークスピア ソネット 124

ソネット 124 W. シェークスピア わたしの心からの愛が時勢の子供なら それは運命の女神の私生児として父無し児かもしれない 時の愛あるいは憎しみに左右される 雑草の一種あるいは集められた花の一束にすぎないだろう、 いや、それはたまたま作られたもので…

シェークスピア ソネット 123

ソネット 123 W. シェークスピア いやいや、時よ、わたしが変わりゆくとしても、勝ち誇るべきではない、 新たな権力によって建てられたその尖塔も わたしにはまったく目新しくはなく、新奇でもない それらは過去の光景の新たな装いにすぎない、 われわれの寿…

シェークスピア ソネット 122

ソネット 122 W. シェークスピア あなたの贈り物、ノートブックはわたしの頭の中にあります いっぱいに書き込まれた忘れ難い記憶は いつまでも、というより永遠に 様々な雑多な書き込みによって残っていくでしょう、 あるいは少なくとも頭と心が 与えられた…

大家正志『袋あるいは身のまわりにおきたこと』

大家正志『袋あるいは身のまわりにおきたこと』。『袋』はバイトの運転手が運んでいる袋の中身にこだわって夜の工場に忍び込む話。『身のまわりにおきたこと』は夫や娘や自分に起きる意外なできごとに翻弄される45歳の主婦の心理や行動を描いた話。いずれ…

シェークスピア ソネット 121

ソネット 121 W. シェークスピア 放埓でないのに放埓だと非難されるとき 放埓だとみなされるより実際に放埓である方がましだ 自分の感覚ではなく他者の見立てで判断されるなら 自分が正しい行いをしているという喜びさえ失われる、 なぜ他者の偽りにして淫ら…

詩「嘆きの壁」

嘆きの壁 南原充士 はるばるやってきた巨大な壁 名もない壁だけれども 知る人ぞ知る壁 ここではだれも言葉を交わさない 黙って佇んで 祈りを捧げるだけだ 地図にも載っていないが 口づてに伝わり 人けが絶えることはない 心にはめいめいが 収まりきれない悲…

広場で

広場で 広場では 子供たちが集まって 騒いでいる ボール遊びの合間に お菓子を分け合って食べたり いたずらをしたり くすぐりあったりしている 楽しそうに騒いでいる子供たちには 意地悪な風は感じられない どこかでじっと機会をうかがっている悪魔の視線な…

日原正彦詩集『はなやかな追伸』

日原正彦詩集『はなやかな追伸』。人間の生死や動植物やさまざまな物への思いを澄んだ目でとらえ、込み上がる感情を肩の力が抜けた言葉のスケッチとして自在に描いている。豊富な人生経験に基づく深い洞察力と優れた表現力と巧まざるユーモアは、悲喜こもご…

Kindle版小説『喜望峰』あらためてご紹介

『新型コロナウイルス禍のもと、小説『喜望峰』を読んで希望を持ちましょう?』 南原充士 1.はじめに 昨年8月にKindle版小説『喜望峰』を出版してからまもなく1年が経過します。幸い読者の方からは好評をいただいております。この際あらためてその概要を…

シェークスピア ソネット 120

ソネット 120 W. シェークスピア かつてあなたにされたひどい仕打ちを今度はわたしがしてしまった その時感じた自分の悲しみを思うと 今のわたしは罪の意識で頭を垂れるしかない わたしの神経は真鍮でもなければ鋼鉄でもないのだから、 なぜなら もしあなた…

二条千河詩集『亡骸のクロニクル』

二条千河詩集『亡骸のクロニクル』。宇宙、時空、地球といった壮大な構図の中で人類の歴史が冷徹にとらえられる。ほとんど喜びや希望に満ちた情景は描かれず、科学館の展示を見るような視点から、無数の人々の骨片を踏み越えて行くしかない人間の冷厳な現実…

宇佐見りん『推し、燃ゆ』

宇佐見りん『推し、燃ゆ』。アイドルとファンの関係、女子高生の生理と心理、家族との関係等が、緻密な観察力と巧みな構成と文章力で描出されていて小説として申し分ないできばえだ。ただ、新たに推しを見出す以外に解決があるのだろうか?救いが見えにくい…

中村不二夫『現代詩NOWⅠ』

中村不二夫『現代詩NOWⅠ』。多くの優れた詩集を刊行する傍ら驚くべき質量の詩論集を刊行している。本書は、東日本大震災や関東大震災と詩人の関係についての論考を初め、辻井喬他の詩人論、詩集評、詩誌評、講演等により、極めて広い視野から緻密な資料チェ…

『富沢智詩集』(砂子屋書房版 現代詩人文庫)

『富沢智詩集』(砂子屋書房版 現代詩人文庫)。膨大な詩篇と詩論・エッセイの執筆そして現代詩資料館『榛名まほろば』の運営、各種のイベントの開催など、類稀な行動力と大きな功績に接するとその情熱に頭が下がる。本詩集に収録された詩篇の中では、「黄泉…

早矢仕典子詩集『百年の鯨の下で』

早矢仕典子詩集『百年の鯨の下で』。一見静かな筆致の中に浮かんでくるのは、研ぎ澄まされた感覚で捉えられた日常に潜む暗黒だ。漆黒の闇でこそ見えてくる光によって人は生かされるのだろう。たとえ時間が大切なものを奪っていくにしても、わたしたちは晴れ…

長嶺幸子詩集『Aサインバー』

長嶺幸子詩集『Aサインバー』。12歳で父を亡くし、6人兄弟の長女として母を助ける。母は昼は畑仕事、夜はAサインバーに行って米兵相手に物を売る。沖縄での暮らしの様子が沖縄語を交えて懐かしく少し物悲しく語られる。戦争を経験しながらも助け合って健…

八重洋一郎詩集『銀河洪水』

八重洋一郎詩集『銀河洪水』。宇宙的なスケールで人類の歴史を辿ると共に、南の島の情景や暮らしや哀感を描く時も絶えず浮かんでくる銀河のイメージや地上の壮大な生命の営みがダイナミックに溢れ出す。他方、「福への挨拶ー古老説伝」における「袖果報(ス…

シェークスピア ソネット 119

ソネット 119 W. シェークスピア 内部が地獄のように汚れたフラスコによって蒸留された サイレンの涙をわたしはどれほど飲んだのだろうか? 恐れを望みに 望みを恐れに塗布して 自分では手に入れたと思ってもいつも失い続けたのだった、 なんという拙い過ち…

シェークスピア ソネット 118

ソネット 118 W. シェークスピア わたしたちの食欲をさらに旺盛にするために わたしたちがわたしたちの味覚を強い薬で刺激するように 将来罹るかもしれない病気を予防するために わたしたちが今病気になることで将来吐き気を催さないようにするように、 わた…

田中眞由美詩集『しろい風の中で』

田中眞由美詩集『しろい風の中で』。なんという寂しげな心境だろう。<そこ>も<そのひと>もあいまいで、しろい風がくりかえされるしろい日をさらっていく。< そのひと>の語った言葉やしぐさが時や場所を超えて蘇るとき、だれにも<その時>が来ることを思わ…

シェークスピア ソネット 117

ソネット 117 W. シェークスピア こんなふうにわたしを責めてもいいですよ、すべてを蔑ろにしたと あなたの素晴らしい恩恵に報いるべきであったのに 日々絆によってわたしが結びつけられるべき あなたのこの上なく貴い愛を求めることを忘れてしまったと、 わ…

新詩集『時間論』の出版について(お知らせ)

【お知らせ】 本日、わが13冊目の詩集『時間論』をKindle版で出版いたしましたのでお知らせいたします。詩集でははじめての電子書籍ですので是非ダウンロードのうえお読み下さいますようお願いいたします。 「時間」は身近なようですが意外と正体が不明で…

シェークスピア ソネット 116

ソネット 116 W.シェークスピア 心から愛し合う者同士の婚姻を妨げるものがあるなどということを わたしは決して認めない、なにか事情の変化で変わるような愛は あるいは心変わりする相手につられて変わってしまうような愛は 本当の愛ではない、 いや!本…

薬医門

薬医門 南原充士 明治時代には桃や梨の産地だった土地だとは 普段は思い出すこともないが こうして街中に小さな公園があって 紅しだれ梅 白しだれ梅 紅白梅と 咲き誇るところに差し掛かると ふと馬に乗って薬医門をくぐって往診に行った医師の姿が 思い起こ…